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05 INTERVIEW

Reiko Sakurai

櫻井玲子

グライダーパイロット

Profile

いつかはエベレストを見下ろしたい

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グライダーには、空を飛ぶことの最もシンプルで特別な悦びがある。あらゆる環境と自然の摂理を身体に染み込ませ、瞬時に判断を重ねることで、エンジンのない機体が驚異的な長距離飛行を可能にする。そんな空の冒険に魅了され、世界記録を樹立した女性が日本にいる。

グライダー飛行の競技者として、また職業パイロットとしても活躍し、国内の女性パイロットとしての道を切り開いてきた開拓者の一人、櫻井玲子。彼女は2004年の年末から2005年の年明けにかけて、南米アルゼンチン サンマルティン・デ・ロス・アンデス チャペルコ飛行場にてグライダーの女子世界最長飛行距離に挑み、南米7ヶ国にまたがるアンデス山脈を飛行した。2004年、12月30日に「往復距離」で1189km(13時間13分)、2005年1月11日には「三旋回点自由距離」で1287km(14時間54分)のフライトに成功し、それぞれの種目で女子の世界最高記録を樹立している。

「グライダー」が1000kmを越えて飛べる理由

動力を持たないグライダーがそんな長距離を飛べるのか、ということに我々はまず驚かされる。グライダーは地上から離陸する際に、一定の高度までロープで曳航機によって引き上げてもらい、空中で切り離された機体を、上昇気流をつかまえながら、その力だけで飛ぶものだ。通常は平野部で発生する「熱上昇気流」を使うのだが、山岳部では山越えの風によって生まれる「山岳波=マウンテンウェーブ」を利用することで、更に長距離飛行が可能になる。もちろんそこでは、山脈の形に沿って曲がる複雑な風を予想し、機体を安定させる高度な技術と、的確な判断力が必要になることは言うまでもない。櫻井が記録に挑戦したアンデス山脈遠征でも、実に22回のチャレンジの末の成功だった。
「当時はそんなに条件が良くなかったんです。1000km程度のフライトであれば普通8時間程度で飛べるものなんですが、条件が良くないので15時間もかかってしまいました。日の出から日没までの時間がアンデスで最大15時間。特別な夜間装備がなければ日没以降はグライダーは飛べませんから、その時間内で飛べた距離が女子の世界記録だったということです。でも、アンデスでは条件さえあえばサーフィンで言う『ビッグウェンズデー』のような、2000km以上も飛べるビッグな風に出会える可能性があるんです。ぜひもう一度挑戦したいと思います」と、櫻井は世界記録更新への意欲も満々だ。

左:アルゼンチンの広大な草原、パンパで熱上昇気流をつかまえる。 中:荘厳なラニン山(標高3,776m)に掛かる雲海。高度3800メートルまで上昇し、ラニンのウエーブを楽しんだ。 右:スカイブルーに浮かぶレンズ雲。マウンテンウェーブの兆候に心が浮き立つ。

スーパージェッターに憧れて

櫻井と空を飛ぶ乗り物との出会いは、幼いときに見たアニメ『スーパージェッター』の流星号に憧れたことに由来する。高校時代にはドイツ空軍の女性テストパイロットの伝記『私は大空に生きる』を読みさらに空への憧れを募らせ、本気でパイロットへの道を志した。しかし、残念ながら高校卒業当時の1980年頃はまだ女性に、職業パイロットとしての道も、航空大学への門戸も開かれていなかった。それではと早稲田大学に進学、航空部に入部しグライダーと出会うことで「空への夢」の第一歩を踏み出すことになる。夢はそこで終わらず、1985年の大学卒業後に某化粧品会社の社用飛行機のパイロットとしてキャリアをスタート。一方、仕事を離れたアマチュア競技においても2002年よりグライダーチーム「Red Fox」のメンバーとして、グライダーによるアクロバット競技に挑戦するようになる。訓練を積み、95年、97年にはグライダー曲技の世界選手権(WGAC)に日本代表選手として出場、日本初の女性アクロバット飛行チームとしてメディアを賑わせた。

左:1996年頃の南アフリカ遠征にて。機体は現地で借りたグライダー。 中・右:社有ヘリコプターのパイロット等を経て、現在は大手ヘリコプターメーカーのパイロットと整備士の訓練センターの立ち上げに係る業務を行っている。

アンデスの「マウンテンウェーブ」をとらえ世界記録を達成

『星の王子様』で知られるアントワーヌ・ド・サン・テグジュペリは、プロペラ飛行機時代の1930年代、祖国フランスの郵便事業の為に、アンデス上空を縦横無尽に飛び回り、新しい路線を開拓したパイロットでもあった。櫻井は、その彼の著作である『人間の大地』『南方郵便記』『夜間飛行』などに登場するパイオニア・パイロットたちの不屈の精神や、壮大なスケールのアンデスの厳しくも美しい自然の記述に感動し、その空を飛ぶことが、彼女の長年の夢となっていた。
また、そのアンデス山脈にはグライダーの超長距離飛行を可能にする、強いマウンテンウェーブが吹いている。そのウェーブに乗って日の出から日没まで、ずっと飛んでいられたら、という思いを持っていた彼女は、より速く、より高く、より遠くへ飛ぶため、山岳飛行のエキスパートパイロットによって、さらに高い技術と知識を習う必要を感じていた。そこで彼女は良い気象と師匠に習える環境を探すために、海外の滑空場でグライダー仲間から話を聞いては、北米、オセアニア、アフリカ、ヨーロッパ大陸に飛びに行ったのだった。その頃、南米で3008kmという驚異的な記録を出したドイツ人パイロットがいるというニュースを聞きつけた彼女は、さっそく彼のフランスの山岳飛行のスクールに向かい、その技術を習うことになる。その人こそ山岳飛行の世界的スペシャリスト、クラウス・オールマン氏であった。

左:アルゼンチン、アンデス上空。長距離飛行を可能にする上昇気流“マウンテンウエーブ”を捉えて進む。 右:風が山岳地帯にぶつかって乗り越えるときにできる波状の空気の層=“マウンテンウエーブ”には安定した強い上昇力がある一方、周辺には乱気流も発生する。

「アンデスの空を飛ぶことは、夢のまた夢だと思っていたことだったので、そのスクールで出会ったクラウスが自らコーチ役を買って出てくれ、アンデスへ来ないかと誘ってくれた時は、天にも昇るような気持ちでした。その一方で、1930年代、アンデスの郵便飛行機のパイロット、アンリ・ギヨメが悪天でアンデス山脈に墜落し、生死の境をさまよいながら、1週間かけて3つの山を越えて奇跡的に生還したという話を聞くと、自分のレベルでは、何かあった時、到底太刀打ちできない荒々しい気象条件なのではないかという不安も感じていました」。事前の準備にも莫大な時間がかかり、費用の工面も大きな問題だった。機材や機体の故障などにも悩まされた。「もうダメだと思うことも何回もありました。それでも、クラウス師匠の不屈の精神に感銘を受け、どうにか苦境を切り抜けることができたんです。そうしてアンデス山脈を高高度から見下ろした景色は、この世のものとは思えない光景でした。パワフルなウェーブのそばに、見た事もないような雄大なレンズ雲が圧倒的な美しさを誇っていて。クラウスがいつも言っていた『奇跡を信じることをためらうな。夢を持て』は、それ以来私の座右の銘となっています」。
幼いときからずっと憧れ続けた空への想い、グライダーというスポーツへの深い愛情。それらが周囲に「不可能」と思われたことを次々に突破させ、チャンスの扉を開いていった。そうして達成した世界記録により、彼女はグライダーにおける世界の第一人者となったのである。

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世界最高記録を樹立した、南米7ヶ国にまたがるアンデス山脈飛行をハイライトで!
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目指したのは「パイロット」。その技術の先にグライダーがあった

スイスアルプス上空を飛ぶ。名峰の連なりが俯瞰できる。

高い知性、繊細かつ確実な技術、強靭な精神力など様々な能力が要求される空の世界。一見して、小柄で華奢な櫻井ではあるが、その笑顔の奥に「男の世界」に挑んできた強い意志が感じられる。その半生は自分の居場所を探す旅であり、それは空の上にあった。
「高校時代は女子サッカーに明け暮れていました。スポーツは好きだったんですけれどバレーとかバスケとか、小さい人には不利なスポーツが多いですよね。ですから少しでもそういうハンデのないところでやりたかった。そして大学入学と同時にグライダーを始め、9ヶ月後に同期で最初に単独飛行を行い、3年の時にはグライダーの自家用免許を取っていました」。エンジンの付いた飛行機より、飛行技術が試される。そんなグライダーの世界に魅了された。「オートパイロットのあるエンジン付きの場合は、長時間のフライト経験が必ずしも技術の証明にはならないんですよね。旅客機であれば十何時間と飛行時間があっても実際に自分が操縦するのはほんの10分くらい。もちろん着陸がうまいとか、コントロールがうまいとかはありますが、基本的にはA地点からB地点まで確実に到着できて当然というもの。でもグライダーはそういうわけにもいかず、目標地点に到着できない人がいっぱいいます。フライト中はずっと自分でコントロールしていないといけないわけで、飛行距離がそのまま技術の証明になる。自動操縦が可能な飛行機を運転することは、ある意味でオペレーターになることですが、グライダーは完全にスポーツ。そんなところが好きで、続けていますね」

南アルプス最大の人造湖セール・ポンソン湖にかかる積乱雲。谷、山、水、雲から風の道が見える。
マッターホルン上空、モンブラン北壁と氷河。そっと名峰に近づき見下ろす光景はグライダーならでは。

「飛行機とグライダーは似ているから、世間の人たちは、何となくグライダーが飛行機の下位のものと思っているかも知れませんが、それは違います。飛行機やヘリコプターは同じ動力を使っている同種のものですが、純粋にグライダーはエネルギーマネージメント、自然の上昇気流だけで飛び続けるもの。全く別の物ですから比較すべきものではありませんし、長時間飛び続けるために自然の力を利用するしかないという、本当に冒険的な乗りものだと思うんです」

最悪の事態に備える。鳥に近づく。

グライダーは失速した瞬間に、たとえそれが山肌近くであったとしても、機首を下げるように操縦桿を前に押さなければならない。機首が下がって失速しはじめると、訓練されていない人間は、機首をあげようと本能的につい後ろに引っ張ってしまう行動をするが、それは結果的に失速を増長し、地面に激突することになってしまう。そんな「本能とは逆の行為を瞬間に出せる能力」がパイロットには必要だと言い、そういった危機回避の飛行訓練の教習も、自ら教官として行っている。彼女の好きな言葉に「Hope for the best,expect the worst. Life is a play but unrehearsed.(最悪の事態を予測して備える。人生はリハーサルのないドラマである)」というのがあるそうだが、フライト中にはよくそのようなことが発生するという。

板倉滑空場でトレーニングを行うグライダーチーム「Red Fox」の機体。細く長い比翼とボディが美しい。

「グライダーは、自然を相手にしているわけですから、不測の事態というものは常に発生します。それに備えるために、まずは航空力学を熟知すること。それに応じた行動が反射的に出来るようにすることが必要です。教科書の上での二次元的な座学でいくら勉強していても、実際にフライト中、三次元的にどのように失速が発生するのかということは理解できているようで理解できないんですね。グライダーは滑走路に降りられるとは限らないですし、広いところに降りられるとも限らない。人間は普段、地に足をつけている生き物ですから地面が迫ってくるとどうしても焦ってしまう。つまり、どれだけ三次元的に生きている生き物、鳥に近づけるかということが大切なんです。」

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櫻井玲子の華麗なるグライダーアクロバット飛行。専用機「FOX」でのデモフライトをチェック!
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世界を俯瞰することは世の中を見通すこと

彼女は今、より多くの人にグライダーの魅了を広げるため、多くの週末、群馬の板倉滑空場に通い、後進の指導に日々力を入れている。そして彼女の週末はそのクラブの運営業務や遠征プラン作りなどに追われる日々が続く。数百万円はかかるという遠征費用の捻出も大変だ。それでも彼女は「すぐに結果が出なくてもいい。無理だと言われていることでも、ずっと願い続けていれば必ずそのチャンスは訪れるはず」と屈託がない。

「今いちばんの夢は日本の山々を乗り継いで世界記録を作ってみたいということ、もうひとつはエベレストの山の上を飛んでみたいということですね。どちらも空域の許可や気象を読むのが非常に難しいのですが」。グライダーの魅力は「誰も見たことのない景色を見られること」と櫻井は言う。それは多くの冒険家に共通する大きなモチベーションだが、例えば登山家が憧れる山々の頂きも、グライダーでなら真俯瞰から、手に取るような距離まで静かに近づくこともできる。
「グライダーで雲の上から見ると、その雲の出来る法則を知ることが出来ます。物を上から見て、その法則を知っていればもっと遠くに、簡単に到達できる。今あるデータをすべて使って一番いい方法を考える訓練をすることって、世の中の法則を知ることにもつながって、人生にも役立つんじゃないかなと思うんです」。
地球を、人生を、俯瞰で見る。冒険の魅力は、実際そんなところにあるのかも知れない。

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Reiko Sakurai
櫻井玲子

グライダーパイロット


1962年 東京都生まれ 早稲田大学法学部出身。大学在学中にグライダーに出会い、卒業後は飛行機やヘリコプターの職業パイロットとして勤務しながら、グライダーのアクロバット飛行、長距離飛行を楽しむ。1995年、97年グライダー曲技世界選手権日本代表。14の日本記録に加え、2005年1月南米アンデスで「宣言往復距離飛行(1187km)」および「フリー三旋回点距離飛行(1270km)」という、ふたつの女子世界最長飛行距離記録を樹立。現在ヘリコプターメーカーのトレーニングセンター勤務。早稲田大学航空部コーチ、(社)日本女性航空協会常務理事。(公社)日本グライダークラブ教官。

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2014/04/30

自由と勇気

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