「自然とそこに行きたくなる」 その純粋な気持ちこそが冒険
冒険の宝島へ――。
「大いなる海原に旅立つ永遠の青年」をイメージしたFaustコンセプトヴジュアルのモデルとして、“帆船Faust号”の処女航海に乗り込んだのは“奇跡のJAWS RIDER”中里尚雄さん。壮絶すぎる人生の荒波を乗り越えた末、調和と慈しみの境地に生きるその姿は、ファウストの心を体現するようだった。まだまだ進化し続けている中里さんへの撮影裏話&スペシャル・インタビュー。
Faustイメージ映像の撮影風景。午後には波が高くなり船が大きく上下。風をはらんでスピードも増していく。Photo:Takeshi Hanzawa
「自然とそこに行きたくなる」
その純粋な気持ちこそが冒険
ファウストの撮影の感想を。どんな一日でしたか?
自然とともに時を過ごせたな、と。朝早かったけど、そんなに長く感じなかったのは、自然に溶け込んでよい空間を作り出せたからだと思います。午前中の光が あって、風もそよ風で、何もない地平線の彼方から来る風を受けて走るのは、すごくいい気に満ちていた。たとえようもない地球のエネルギーを体に受けて。
山から来る風と海から来る風は、匂いが違いましたね。
沖の方から来るのは、遠方で生まれた低気圧に運ばれてきた風で、地球の大きなエネルギーを感じるフレッシュエア。僕は町からの風はあんまり好きじゃないんですよね。
ウインドサーフィンでも走りやすいのはやはり海からの風?
そうですね。風向きや、技術的な問題もあるけど、ここ5〜6年、事故の後からそう感じるようになった。それまでは競技に夢中で感じなかったけど。
舵を取っているときや、舳先(へさき)に立っているとき、手をかざして風を読んで、船の動きに完璧に調和していましたね。マストの頂上でも、舳先でも、両手離しで風に乗って。大きな帆船なのに、まるでウインドサーフィンを操っているみたいに見えました。
横転したトラックの下敷きになる大事故で半身麻痺を抱えた当時、スポンサーを失い、離婚、治療費の借金だけが残った。「すべてが終わった」と絶望に暮れた。不屈の精神力で通常の数十倍ものリハビリをこなし、ビッグウエーブ「Jaws」に再びチャレンジし成功したのは、なんとその復帰第1回目のライドだった。
ウインドサーフィンの方が小さいから、もっと敏感に感じるけど、帆船も同じ肌の感覚でした。舳先は風をいちばん最初に受ける場所で、最高でしたよ。舳先の下のハンモックに寝ると波に溶けたみたい。
港に着いた瞬間と、その後出航してすぐに、中里さんはそっと海と山に手を合わせていて、見ている私たちまで神聖な気持ちになりました。
ヤマトの地に生まれた人間として礼節を表さないといけないなと思って。港に着いた途端、山の存在がいきなり来たので、自然と素直な気持ちになったんです。衣装も真っ白なシャツで、びっくり。僕は神聖な場所に行く時、そこに座する神々に失礼にならないように、自然と白を着るんです。今回も清らかな場所だったからか、禊がれている気がして、とても気持ちよく望めました。後でその山のふもとの大きな神社は、海の守護神、禊の神を祭る大瀬(おせ)神社だったと聞いてまたびっくり。
あの船も冒険心をそそりますよね。明治時代に作られた日本初の西洋帆船「君澤式(くんたく)」の元になっている「スクーナー」という船で1800年代からあるモデルなんですよ。そのシェイプは完璧にエレガント。
とても綺麗な船で、波が高くなっても安定感があってね。人間もそうですけどバランスってとても大事ですよね。早く走ろうとかいう思いを持たず、自然のスピードで走る、地球の動きに這わせるという、純粋な動機を感じる。
ファウストの冒険の旅というスト―リーに関しては?
いいですね。あの船の雄大なスピード感と相まって。冒険って別に記録とかじゃない。本当はスピードや距離を競うためのものではないと思うんです。自然を測りにかけたりするのはすごく下らないことで、「自然とそこに行きたくなる」という、その純粋な気持ちこそが本当は冒険だと思うんです
引退しいちどは経営者になったが、プロに戻ろうと決意した。なけなしの財産で妻とマウイにわたり、自給自足でトレーニングに明け暮れ戦果をあげた。「朝釣りをしてそれが食事、あとは一日トレーニング。庭にはいつもフルーツが実り、まるでエデンの園の生活と思った。けれど奥さんには淋しい思いをさせてしまった」
中里さんにとって冒険とは?
今までにしてきた冒険…挑戦だとか制覇だとか、最初はそれしか頭になかったんですけど、それは違うと思っているんです。事故に合って気持ちが変化して、自分が正しいと思っていた軸が違うものだと気付いた。チャレンジとかいうことがおごり、横暴なものだと感じて。痛みを通じて「自然はとても尊いものだ」と芯から気付いてから、そういう大きな存在に対して「挑戦状をたたきつける」なんて、そんなおごった考えはないなと。今僕にとっての冒険があるとしたら、調和して生きることそのものかもしれない。
自然に「対する」冒険ではなく。
心を這わせるという感じですかね。
では「自分自身に対する冒険」というのは?
それはないですね。よく「自分への挑戦」とかいいますけど、それはない。相手は大きな海原で、そこに人がたくさん集まって勝ち負けを決めるけど、人と競うと思うと借りているステージが自然ということを忘れてしまう。それは大事なものを忘れてないかと。礼節を向けるところは(対戦相手よりも)先にそこにある自然じゃないかと思えてきて。そのうち人と戦うこともバカらしくなってきて、戦いのステージを切り替えて、今度は大波「ジョーズ」やパドルボートで海洋横断とかいうチャレンジに切り替えたけど、それもおごりだったように思う。プロとしてそこに入るのは確かに生死をかけたチャレンジなんだけど。
もちろん達成感はありますよね?
達成したときは充実感と成果があっていいなと思うんだけど…。達成感でも満足を得ることとは違って。そこには「自分の力でやり遂げた」みたいな気分が出ちゃうんでね。こんなちっぽけな人間が自分だけの力で何かを成し遂げるなんて絶対にできるはずがないし。
冒険、挑戦では表現できない、何か目指すものが見えたのでしょうか。
いちど死にそうになったから、命というものをすごく尊いものだと感じて、生かされていると痛感したんですね。だから最初に礼節を向けるのはそこなんです。自然に入るときに挨拶して、終わったら挨拶して。そんな気持ちで、もはや達成とか挑戦とか言えなくなったのかも。気付きがあればあるほど、言葉がなくなって困りますね。
言葉の違和感があるんですね。挑戦と言った時点でもう「自分vs外界」みたいな響きになってしまうから。ファウストのプロジェクトで言えば、確かに「挑戦」を掲げているのだけれど、何かをやることによって地球のことを考えたり、大地の波動を感じるとかいうことができたらと思いますし、自然と共に生きている人たちと一緒に過ごさせてもらって何かを感じるというような、簡単に冒険挑戦という枠に入らないかもしれない、でもまさに中里さんが体験して感じたようなことを、クエストという遊びのメニューを通じてできたらと思うんですよね。
中里さんだったらどんなクエストを? ファウストにどんなことを期待しますか?
知識だけでは、いくらその場では感動しても、すごく薄っぺらいものになってしまうと思うんですね。本当に魂に刷り込んだものでないと。時にはそれを忘れてしまうし、わかっていたつもりでもわかっていないこともある。わかっているつもりでも行動がすべてで、行動に移さなければ意味がないんです。言葉ではいくらでも美しいことが言えるじゃないですか。だから、体験を通すこと、自然を通じて体感すること。そういうことがいいですよね。たとえば今回の撮影でも、帆船を通じて風や潮の流れを感じたし、太陽、波、雲の流れ、気温差、全部肌で感じる。暑いから気温が下がったときのありがたみもわかるし、寒いから暖かいときの素晴らしさもわかる。マストに登れば海面と数メートルの差でも気温が違うのもわかるし、本当に体を通して心にしみ込ませる、そういったことの投げかけみたいなことができたら、一番いいですね。
「いろんな思いを託したくなる」キッズキャンプでは、夏はウインドサーフィンなどのレッスンを、冬は火おこし、海水から水を作るなどのサバイバル体験を中心に様々なプログラムで開催。水を怖がっていた子供が喜んで波に乗る。体験を通じて自信が湧く。「自分の子供があんなに笑ったのを見るのは初めて」という母親もいる。「自然から出てくる笑顔が本物」。「お役目と捉えている」。
中里さんの子供たちへの活動も、そういう思いがあるからですね。
キッズキャンプも年に6回、8回とやるのは大変なんです。お金にもならないし、赤字だし大変なんだけど、それでもないお金をなんとか作って出しちゃう(笑)。手間暇かけてでも、それでも伝えたい。残したいものがある。それが「体験」なんだと思うんですよね。だからここ(ファウストのコンセプト)に書いてある「体感」という言葉が自分にはすごく響いた。まさにこの通りだと思うんです。
ありがとうございます。ちなみにファウストの名前の由来は、ゲーテの物語なんですが、その主人公はあらゆる学問をおさめた老博士なんですね。彼はずっと研究室の書斎の中にこもってすべての物事を知ろうとしたけれども、何も知ることができなかったと嘆いて、もう一回人生をやり直す。それは悪魔と契約をしてなんですけれども、すべてのことをこの目で、肌で全部感じたいと言って人生を生きなおす男の話。最初は自分の欲求から始まるんだけど、最終的には人の世の中のために尽くすことが自分の幸せだと知って、「僕は満足した」と言って死ぬという話なんです。
素晴らしいですね、そこで「気付く」というのがすごく大切。それはもう自分の「シフト」ですよね。僕自身もそうだった。動機がどんな動機であれ、自然に入っていくとどんどんそれが変わっていくんですよ。良い方へシフトしていく。それもすごく大事だし、汚れてしまった意識も綺麗にする、それだけの力が地球には、自然にはあった。知識だけでなく、とにかく体験し、歩み始めることや、違った道を歩んでもそこから引き返す、そのプロセスがとても大事なんですよね。
※現在アップされているFaustイメージ映像はショートバージョン。フルバージョンは、Faust A.G.の正式発足式でお披露目予定。その後Webに掲載されます。乞うご期待!
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ウインドサーファー中里尚雄を写真で綴る
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中里尚雄
海洋冒険家プロウインドサーファー
16歳でプロ・ウインドサーファーを目指し単身マウイ島に移住。日本人初の世界ランキング5位を記録。1993年引退するも、1998年復帰。2001 年、15m超のマウイ島の大波「Jaws」ライドにサーフィン、ウインドサーフィンの両方で成功するほか、ウインドサーフィンでのハワイ諸島海峡連続横断 など数々の記録を持つ。2003年、甚大な交通事故に遭い再起不能と宣告されるも、強靭な精神力と過酷なリハビリの末、奇跡の復帰。再びJawsに挑戦 し、2度にわたり成功を収め「Real Water Man」として世界的注目を集める。現役選手として活躍する一方、子供たちに未来を繋ぐことをテーマに、自然回帰キッズキャンプや、生かされた意味、心の 強さを伝える講演、環境活動などの社会貢献活動に精力的に取り組んでいる。
Text:Faust A.G
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