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Vol.1 
だから、僕はアイアンマンになりたい

アイアンマン――それは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロという気の遠くなるような距離を、己の肉体のみで泳ぎ、走破する、文字通り超人的なレースだ。オリンピック・ディスタンスと呼ばれる標準的なトライアスロンが、スイム1.5キロ、バイク40キロ、ラン10キロであることを考えれば、その過酷さがどれほど飛びぬけているか、少しはおわかりいただけるかもしれない。
ここで綴られるのは、アイアンマンの中でも世界最高峰、ハワイ島コナで毎年開催される「アイアンマン・ワールドチャンピオンシップ」への出場を夢見る、トライアスリートたちの熱き想いである。

トップ写真:ロタブルーでのどこまでも青い海。有視界は50m以上とも。
上:左から稲本、スーパーバイザーの白戸太朗、高島郁夫。08年5月ホノルルトライアスロンでのトライアスロンチームの面々だ。

ロタブルーのスタート直前。スイムは、海に浮いた状態からスタートするフローティングスタートだ。

ファウスト・トライアスロンチームが元気だ。

一般の人たちが抱くトライアスロンという競技のイメージとは、どんなものだろうか。「過酷」、あるい「苦痛」。はたまた、「肉体の限界への挑戦」といった表現が適当なのかもしれない。
だが、当のトライアスリートたちは、自ら苦痛に身を投じるがごとく、トライアスロンに接しているわけではない。それどころか、トライアスロンという競技を心底楽しんでいる。

だからこそ、彼らは元気なのだ。

そんなトライアスリートたちが昨年11月、2009年の締め括りとも言うべき大会、ロタブルー・トライアスロンに出場した。
太平洋に浮かぶ小さな島、ロタ島。付近に位置するサイパン、グアムなどと違い、観光関連で見聞きすることがほとんどない、この島で開かれる大会には「どこか神秘的な魅力がある」と多くのトライアスリートが口にする。

ならばと、このロタブルー・トライアスロンに3年連続で出場してきたファウスト・トライアスロンチームのキャプテン、稲本健一に思う存分語ってもらった。ロタブルー・トライアスロンという大会の、そしてトライアスロンという競技の持つ恐るべき魅力を。

3年をかけて乗り越えた、美しきロタ

「ロタブルー・トライアスロンについて語るとき、“大会そのものがどういうものか”ということと、“僕自身にとってどういうものか”ということの、2種類があると思っています。

まず、大会自体のことでいうと、トライアスロンの世界では、ロタ、パラオ、グアム、サイパンなどで開かれる大会をアイランドシリーズって言うんですけど、そのなかでロタが一番大きな大会なんです。というのも、それが島一番の大イベントだから。つまり、ロタの島全体で選手をサポートしてくれるんです。これがまず、ロタブルー・トライアスロンの大きな魅力ですよね。
それに、海が異常にきれいなんです。有視界は50m以上。朝焼けのころにレースがスタートするので、スタート直後は海がグレーなんですけど、ターンして戻ってくるころには真っ青になっている。まるで空を飛んでるみたいで、泳いでるときの風景がちょっと他とは違うんです。その感覚はロタ独特ですね。

ロタブルーでスイムからあがり、バイクへのトランジションへと向かう稲本。
ロタ島での一枚。MOSAのTT(タイムトライアル)バイク。

この大会が島で一番のイベントになるくらいだから、島にはホント何もない。レースの翌日も、みんなでずっとプールにいるしかないんですから。高島(郁夫/株式会社バルス代表取締役)さん、辻(芳樹/辻調理師専門学校校長)さん、ヒロミ(タレント)さん……、みんなそうだけど、普段東京で会おうにもアポイントも入れられないような忙しい人たちが、暇でしょうがなくてプールで浮いているんですよ(笑)。でも、トラアスロンに一緒に参加した者同士だから、ハードルがぐっと下がって、前日のレースの話から始まって、仕事のことだったり、人生のことだったり、いろんなコミュニケーションが生まれる。そういう環境ってお金で買えるものじゃない。ハワイだったら、レースの後はみんなどっかに遊びに行っちゃうかもしれないけど、ロタではずっと一緒。そういう経験って、他ではあまりできないから」

楽しげにロタ島の様子を語る稲本だが、彼自身にとってのこの大会は、必ずしもいい思い出ばかりで満たされているわけではない。

「僕が初めてオリンピック・ディスタンス(オリンピックで採用されている大会形式。スイム1.5km、バイク40km、ラン10km)に挑戦したのは、ロンドンなんですが、ロンドン・トライアスロンって世界最大の大会で、1万数千人が出場するんです。しかも、ロタとは対照的に有視界が10cmもないから、泳いでる自分の手すら見えない。だから、突然屈強なイギリス人の手や足が目の前に飛び込んでくるし、リタイア率もすごく高い。実際、スタートして100mくらいで、オレ、ダメかも、って思いましたから(笑)。それでもバイクやランの調子がよくて、そのときのタイムが2時間58分くらい。3時間切りって、ビキナーのひとつの目標なんですけど、それを達成しちゃったわけです。

で、2回目に出場したのが、ロタでした。だから、ちょっとナメてたんですね。過酷なロンドンに比べれば、楽だろう、と。ところが、スイムはまあまあだったけど、当時はまだバイクの知識も低いから、レース中に4回チェーンが外れて、アウター(重いほうのギア)に入れられなくなっちゃった。仕方ないから、軽いギアでブン回すしかなくなって。そのあとランで飛ばしたら、残り300mの地点でハンガーノックでぶっ倒れて、救急車で運ばれたんです。3時間くらい意識不明で、もう少しで軍のヘリでグアムの大きい病院に運ぼうか、というくらいのひどい状況でした。

それがあったので、どうしても一昨年(08年)はリベンジしたくて。だけど、バイクまでは順調だったのに、ランで両足がつり出しちゃった。前の年のことがあったから、恐怖心もあったし、周りの人たちにまた迷惑をかけられないという気持もあって。結果、一応完走はしたんだけど、満足のいく結果は出せなかった。

そんなことが2年も続いたから、昨年(09年)はとにかくリラックスして、楽しいレースにしようと思っていました。そしたら、なんとか総合で14位。CEOカテゴリーで1位だった。僕のなかでは、これでやっとロタを乗り越えられたなって気分です。やっとトライアスリートになれたかなって。乗り越えるのに、3年もかかっちゃった(苦笑)」

 

トライアスロンはメンタルスポーツだ!

 

ロタ島の海のスイムでははるか下の海底が見え、「まるで飛んでいるみたい」とも。

これほどの経験をしてもなお、稲本がすっかりトライアスロンの虜になってしまったのは、トライアスロンという競技の奥深さゆえ、である。

「トライアスロンって過酷に見えるかもしれないけど、オリンピック・ディスタンスに関して言えば、レース後の体力的なダメージはフルマラソンよりも断然少ないんです。体の同じ箇所をずっと使い続けるわけじゃないので。だけど、裏を返せば、いろんなトラブルの可能性があるから、精神的なプレッシャーはマラソンの比じゃない。
スイムなら、どんな波が来るか分からないし、ゴーグルが外れるかもしれない。バイクだって、落車するかもしれない、チェーンが外れるかもしれない、パンクなんて常にある。ランにしても、スイムとバイクをこなした後だから、そこに入るときの自分のコンディションが全然読めないんですよね。バイクを降りて、シューズを変えて、一歩目で『ダメかも』っていうときと、『イケる』っていうときがあるから。

そういう意味では、トライアスロンって、もちろんフィジカル的にも鍛えるんだけど、完全にメンタルスポーツですよね。若いヤツのほうが断然体力はあるんだけど、今まで40kmもバイクをこいできた自分の足と相談しないで、勢いだけで行っちゃうから最後までもたない。この足の状態だったら、これくらいのペースで行って、最後の2kmはこのくらい上げようとか、いろんな組み立てをしなくちゃいけないんです。泳いでいても、最後500mくらいは次のトランジション(バイクへの中継)のことを考えていますからね。バイクの最後何kmかも、ランに備えて足に乳酸がたまらないように、ギアを軽くして足の回転を上げたり。そういう戦略が、トライアスロンのおもしろさなんです。

人生を楽しむためのひとつのパーツとしてスポーツがあるとすれば、僕はせっかくトライアスロンというすばらしいスポーツに巡り合ったんだから、長く続けたいんですよね。もちろん、タイムにもこだわるけど、ガンガンに突きつめてやっちゃうと、ダメになるような気がする。だから、日常的にも特別なトレーニングはやっていない。基本がトレーニングジャンキーなので、『3日走らないと気持ち悪い』みたいなところはあるけど、無理はしていない。朝起きて、嫌だったら走らないから。(笑)。普段はなるべく自転車で行動して、買い物もわざと遠くのコンビニへ行く。30分時間が空いたから、腹筋する。それくらいのことでいいんです」

 

アイアンマンになるため、トライアスロンを続ける

 

あくまでマイペースを強調する稲本だが、トライアスロンを続ける上での目標は明確だ。それは、トライアスロンを志すものにとっての究極の世界。アイアンマン・レースへの出場である。

「僕たちがやっているオリンピック・ディスタンスっていうのは、もともとは“ショート”って言われていた競技なんです。テレビ中継などを考えると、アイアンマン・レースじゃ長すぎるということで、そのショートバージョンができた。そしたら、その“ショート”がいわゆるトライアスロンになって、逆にアイアンマンがある意味で別競技になっちゃったわけです。

 

ホノルルトライアスロンでスイムから上がる一枚。

アイアンマン・レースというのは、3.8km走って、180km自転車に乗って、最後にフルマラソンがある。僕自身の感覚で言えば、スイムとバイクは何とかなるだろうと思うけど、その向こうのフルマラソンはほとんど見えてこない(苦笑)。周りの仲間も、みんな同じことを言うんですけどね。だから、そこへ一気に飛ぶ前に、ハーフの大会に出場したいと思っています。トライアスリートってカッコいいでしょ、響きが。昔、日本でトライアスロンが普及しなかったのは、“鉄人レース”って呼んでいたからじゃないかな。あの名づけ方が最悪だった(笑)。それを、アイアンマンとか、トライアスロンとか言った時点で、だいぶイメージは違うよね。トライアスリート……、いいでしょ? でも、僕はトライアスリートから、アイアンマン・レーサーになりたい。

アイアンマン・レースの最高峰はハワイの大会です。でも、それには簡単にエントリーできないんですよ。そこまでのレースに出場して、ポイントを稼がないとダメなんです。ただし、スポンサー枠があって、100万円払えば出られる。商業的な背景もあるだろうけど、こういうカテゴリーを作ることによって、アイアンマンというスポーツを世の中に広めていこうという意図でしょうね。でも、どうせ出るならきちんとポイントを取って出場したい。どこか弱いヤツが出そうなところで、ポイントを稼がなきゃ(笑)。

僕はまだ実際にハワイの大会を見たことはないんですけど、昨年見に行った高島さんの話によると、ゴールするとき、例えば、僕がゼッケン25番だとしたら、『ナンバー25、ケンイチ・イナモト、フロムジャパン、ユー・アー・アン・アイアンマン!』って言ってもらえるんですって。僕もそれを言われてみたい。タイムなんてどうでもいい。その一言を言ってもらいたいがために走るっていう感覚は、アホみたいだけど、そんなのもあっていいじゃないって思う。めちゃめちゃ辛い思いをして、大拍手のなかを必死にゴールして、最後に『ユー・アー・アン・アイアンマン!』なんて言われたら……、泣いちゃうね、きっと(笑)。

でも、スポーツって、そういうもんじゃないかな。そこに賞金があるとか、そういうことじゃなくてさ。だって、やったものにしか言えないことってあるじゃない。どんなに偉そうなこと言っても、やってないヤツはやってないし、どんなにひどい結果だったとしても、やったヤツには言えることってあるし。そういう感覚って今、すごく大事だと思うから。だから、僕はアイアンマンになりたい。『アイ・アム・アン・アイアンマン』って言いたい(笑)。僕がトライアスロンを続けているのは、そういうモチベーション。それ以外にはないんです」

 

ロタブルーのフィニッシュ! 稲本は見事CEOカテゴリーで1位を獲得。リベンジを果たした。

 

Data

ロタ・ブルー・トライアスロン
http://www.kfctriathlon.jp/html/event_triathlon.html#2009_rota

 

 

Profile

稲本健一(いなもとけんいち)

株式会社ゼットン代表取締役(http://www.zetton.co.jp/ )。1967年12月11日生まれ。名古屋造形芸術短大卒業後、東京の商社に入社。半年後、名古屋のデザイン事務所に転職する。高校時代からバーテンダーのアルバイトを続けていた経験を生かし、会社勤務をしながら1993年に夏季限定のビアガーデンをプロデュース。また、居酒屋の改装プロジェクトにも参加し、デザイン会社を退職して本格的に飲食業へ転身。1995年10月に株式会社ゼットンを設立し、翌11月にレストランバー「ZETTON」を開業する。名古屋・京都・東京に多種多彩な空間演出による店舗を展開し、現在はオーストラリア(シドニー)、ハワイにも出店。2009年5月に横浜マリンタワーを全面リノベーションし、レストラン、バー、カフェに加え、ウェディング利用も可能な複合施設に生まれ変わらせた。公共施設をレストランビジネスで活性化させる都市開発・再生事業(パブリックイノベーション&リノベーション)に力を注いでいる。

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