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Vol.24
V3との出会い、そして飛躍のステージ!
〜レッドブル・エアレース2015アブダビ開幕─日本の空へ編

2015年、飛躍の一年が幕を開けようとしていた。チームの強化、アブダビでの好戦、待望のV3投入!! ひとつひとつ、努力を積み重ねてきた室屋の元には、その先の大いなる世界を見据えるチームの姿がある。
超高速! 超低空! 最大時速370km、最大重力10Gという、常人なら一瞬でブラックアウト(失神)する飛行機で駆ける世界最速のモータースポーツ、レッドブル・エアレース。
2009年、アジア人初のレッドブル・エアレーサーとして初参戦した室屋義秀の行く手には、常に多くの困難が立ちはだかり、そして常にそれを乗り越えて来た。念願の日本開催を間近に控え、室屋はいかに更なる高みを目指すのか––。
これは、空に自由を求めたひとりのFaustが、大空の覇者へと昇りつめるまでを追うドキュメントである。

レッドブル・エアレースの新たなシーズンの幕開けを告げる開幕戦は、いきなりの厳しいコンディションにさらされていた。
2015年2月、UAE・アブダビ。海辺に設置されたレーストラックは、風の向きや強さが刻々と変化する悪条件。予選前日のトレーニングセッションではパイロンヒットが続出するなど、各パイロットが苦戦を強いられていた。会場に設置された大型モニターが、納得できないフライトに頭を左右に振ったり、大きく息を吐いたりするパイロットの姿を次々と映し出すなか、しかし、室屋義秀のフライトは終始安定していた。
予選は自己最高順位となる3位。フライト直後に見せた大きなガッツポーズは、室屋がそのフライトにどれほど満足しているかを示していた。

Best Flying Action from Abu Dhabi - Red Bull Air Race 2015

2015アブダビ戦でのベスト・フライト映像。自己最高となる予選3位で通過した室屋義秀はラウンド・オブ・14でマルティン・ソンカと対戦。フライト直後に見せた大きなガッツポーズは、これまでに見たことのない力強い光景。

2015年開幕戦・アブダビ 室屋渾身のフライト!

「フライトの質はすごくよかった。機体の限界もあるのでタイムは別にしても、(フライトの)クオリティがよかったのですごく満足しています」
それが文字通り心身両面でのトレーニングを重ねてきた成果であることは言うまでもない。だが、難しいコンディションの下、各パイロットがフライトのコース取りに手を焼く一方で、室屋が上位に進出できたのには、今季からチーム室屋に加わったレース解析のスペシャリスト、ベンジャミン・フリーラブの存在が大きく影響していた。

©Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool
TOP写真:©Yoshinori Eto / Breitling Japan

©Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool

「昨年はエアレース再開のシーズンで全体にまだ少し手探り感があったが、今年は各チームの力の入れ方もだんだんとヒートアップしてきている」と語る室屋が「今季のトレンドになるだろう」と位置づけ、勝負のポイントとして挙げるのが「レース解析」である。
「機体の性能が似たようなものになってきたとき、やはりレース解析が勝負のカギになる。2010年あたりはエンジンパワーの影響力のほうが圧倒的に大きかったが、そこが統一された結果、今はどのチームもレース解析に力を入れている」
実際、レース解析によってどんな効果がもたらされるのか。室屋が語る。
「例えば、あるレーストラックをどうコース取りすればいいかが分かっているとしても、実際にそれをトレースするのは難しい。そのとき自分のフライトを精度よく解析できれば、風によって流れたのか、パイロットのミスで流れたのか、すべてが丸わかりになる。アブダビのコースにしてもシンプルに見えるが、感覚をつかむのは難しい。そこですべての状況を掌握できるベンジャミンの力は大きいんです」
つまりレース解析の精度が高まることによって、今までなら曖昧なまま誤差の範囲内で終わらせてしまいかねなかった細かな修正までもが可能になるというわけだ。
昨年あたりからレース解析を始めたチームはあった。しかし、その精度は決して高くなかった。多くは自動車レースの解析システムを流用していたが、3次元で行われる空中戦は勝手が違ったからだ。だからこそ、室屋は高まる自信を隠そうとしない。
「みんな内緒で進めているから他のチームの詳細は分からないが、うちのほうが先を行っているのではないか。少なくとも後れていることはないと思います」

効果は明らかだった。
予選12位のマルティン・ソンカとの対戦となったラウンド・オブ・14。予選ではペナルティを受けて順位が低迷したソンカだったが、昨季最終戦で表彰台に立つなど着実に力をつけている。そのうえ、エッジ540 V3を操るソンカはV2の室屋に比べて機体のアドバンテージもある。率直に言って、予選順位から想像するほど分のいい相手ではなかった。
ところが、室屋は機体の不利を鮮やかに補って見せた。タイムはソンカの58秒210に対して、室屋は58秒280。ソンカがペナルティ(+2秒)を取られたことで結果的にタイム差は開いたが、レース解析の威力をまざまざと見せつけたフライトだった。
完璧な予測によりコース取りを定め、フライトごとに精度の高い修正を施していく。それによって可能な限りの最短タイムに近づくことができるのだ。だが、効果はそれだけではない。室屋にとってレース解析で「事前にすべてが分かる」ことは、精神的な余裕を生むのだろう。そのことは、室屋のタイムが「僕が計算した予想タイムさえも上回っていた」(フリーラブ)ことからうかがえる。

結局、室屋は続くラウンド・オブ・8でピート・マクロードに僅差で敗れ、2015年開幕戦の最終成績は6位にとどまった。予選3位を考えれば、尻すぼみの感があったことは否めない。室屋自身、「トレーニングセッションから通して、ずっとピートより僕のほうが(タイムは)よかった。もしパーフェクトに飛んでいれば……」と言い、ファイナル4進出を逃した悔しさを見せている。

アブダビの紺碧の海を駆け抜ける室屋機。ラウンド・オブ・8ではピート・マクロードと対戦。マクロード59秒116に対し室屋59秒597。僅か0.481秒差でファイナル4進出ならず、アブダビ戦6位をマーク。写真左©Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool、写真中・右©Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool

それでも、トレーニングセッションからラウンド・オブ・8までを通してパイロンヒットはもちろん、一度もペナルティを受けることはなくすべてのフライトを飛び切った。室屋の安定感はアブダビ戦を通じて際立っていた。
「他のパイロットよりもコンスタントに飛べている。機体の性能をどう引き出すかという点では、ほぼベストのフライトができたと思います」
そう語り、確かな手応えを口にした室屋。言い換えれば、上位進出へ残された問題は機体性能の差だけ、ということでもある。そして、その問題も解決されるのも間もなくだった。

©Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

新たなモンスターマシン V3との出会い

アブダビでの開幕戦が終わり、一度帰国した室屋は、ほどなくしてチームスタッフとともにアメリカ・オクラホマへ向かった。ついに“新パートナー”、エッジ540 V3を手にするときが来た。
まずは、新造機に対してレギュレーションで定められている初期テストのため、操縦桿を握った。「プロペラが違ったり、いろんな要件が違うのでまだ分からないところはあるけど、機体自体が軽いのでとにかく操縦性がいい」。わずか5時間のフライトではあったが、初めて味わう愛機の感触は上々だった。

Edge 540 V3 joining Team Muroya 31

緻密に計算を重ねたオーダーメイドの新機体Edge 540 V3の最終テストの為に、アメリカ・オクラホマのエンジニア会社を訪問したチーム室屋。待望のV3と初めての邂逅を果たした室屋の表情には、無邪気な笑顔と期待が浮かぶ。
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その後、改造やそのために必要なパーツなどについて打ち合わせをし、日本へ機体を送り出す段取りをつけて帰国。4月17日、V3は室屋の活動拠点であるふくしまスカイパークにやってきた。

日本初開催となる第2戦まで、残された時間は約1か月。ここからは時間との戦いだった。
まっさらな状態で届いた機体に、まずは一部を除き塗装ではなくラッピングを施した。これにより機体の軽量化を図るとともに、機体表面の空気抵抗を減らす。
エンジンは規定のものを使わなければならないため、従来のV2から降ろしてV3に載せ直すのだが、周辺パーツを流用することはほとんどできない。しかも室屋の場合、「主翼以外はほとんど変わっている」というほど、機体のほとんどがオリジナルで設計されている。ミリ単位で計算して作られたパーツも、実際に組み立ててみると、「ギリギリで作られているので当たっている部分を削ったり、そうしたら今度はこっちが当たったとか、カウルがちょっと焼けちゃったとかいうことが次々に出てきた」。
ここで需要な役割を担ったのが、ブラジルに本拠を置き、小型機の設計やテストを専門とするエアロン社である。今回のV3導入に際し、機体の設計を担当したエアロン社の空力設計者ふたりが、機体の到着に合わせて来日。昼夜を徹した作業でセッティングを行ってきた。
ベースとなる機体はV3とはいえ、実際には「かなり手を入れている」と室屋。パイロットの表現を借りれば、「V3というより、V3.5というレベル」にまで機体性能は引き上げられているという。
だからこそ、情報管理にも細心の注意を払ってきた。オクラホマでV3を受け取ったときの画像は、すでにレッドブル・エアレースの公式サイトなどでも公開されてはいたが、あくまでも「ストック(既製品)のカウリングをつけてテストしたときの写真しか出さなかった」という。つまり、4月23日に行われたプレス向けのV3発表会で、“室屋スペシャル”とでも言うべき新機体が初めてベールを脱いだのである。室屋がニヤリと笑って口を開く。

2015年4月23日、記者発表で初めて公の場でそのベールを脱いだ室屋のV3。写真©Taro Imahara/Red Bull Content Pool

「他のチームはうなっていると思います。5月12日に(レース会場へ)飛んで行ったら、みんなハンガーに見に来るでしょうね」
とはいえ、V3発表会で公開された機体は、「とりあえず形になっているだけ。まだ飛ぶところまではいかない」という状態に過ぎなかった。
飛べるようになっても、「エンジン周りの部品が全部変わっているため、恐らく温度の問題が出てくる」。レースに臨める状態まで仕上げるには、もうひと山越えなければならない。それでも設計者が現場に立ち会い、直に作業に当たっているとあって、「様々なデータを集めるためのセンサーをつけて、データを取りながらパーツを少しずつ調整するので普通にやるよりはずっと早くセッティングはできる」という。
セッティングが完了したら今度は飛行データの収集である。ここは分析担当、フリーラブの出番だ。シーズンオフにフリーラブが新たに開発したプログラムを用い、収録したデータを逐一解析。アメリカからやってきたもうひとりのプログラマーとともに、レーストラックのベストラインを割り出していく。室屋は自ら飛んで飛行データを収集すると同時に、それが自身のフライトトレーニングにもなっていった。
5月のゴールデンウィーク期間中は、室屋がエアショー出演のため、チームを離れることになったが、その間はフリーラブがパイロットも兼任し、データ解析を進めてきた。
アブダビの開幕戦からわずか3か月で、「機体は急激によくなり、チーム体制も一気によくなっているので、あとはパイロット次第という感じです」と室屋。エアレースに参戦し始めたばかりのころ、何もかも自分でやらなければならなかったことを思えば、室屋の負担はずいぶんと軽くなった。まだまだパイロットだけに専念するというわけにはいかないが、その差は比較にならないほど大きい。室屋自身、それを実感している。
「エアショーに行っている間は、気分転換というわけじゃないけど、少しリラックスできると思います。あとはチームのスタッフに任せておけばやってくれますから」

福島スカイパークでテスト飛行を重ね、ギリギリまで調整を行うTeam MIROYA特注の新型機Edge 540 V3。極限まで絞り込んだ小さなキャノピー、赤いスパッツ(脚カバー)が新型機の目印。5月12日、いよいよ千葉大会のハンガーへと向かう。写真©Taro IMAHARA/PATHFINDER

Edge540 V3スペック
・全長:6.3メートル ・全幅:7.44メートル ・ロールレート:420°/秒 ・最高速度:425.97km/h
 ・最大G:+-10G
 上昇率:3,700 ft/min ・主翼:カーボンファイバー製対称翼 ・エンジン:ライカミング サンダーボルト AEIO-540-EXP ・プロペラ:ハーツェル製7690複合材3枚プロペラ

いよいよレッドブル・エアレース初となる日本開催が目前に迫ってきた。いやがうえにも周囲は盛り上がり、室屋に対する期待は高まる。
地の利も含め、それは室屋にとって大きなアドバンテージであるが、それと同時にマイナスに作用する可能性があることも否定できない。日本人唯一のパイロットであり、常に“エアレースの顔”であることが求められる室屋にとっては今までに経験したことのないレースになることは間違いなく、フライトに集中できない危険性もあるからだ。
それでも、室屋は「周囲はどうしても盛り上がりますけど、自分のペースをキープして淡々と行くしかない。それが大事だと思います」と語り、あくまでマイペースを崩さない。ともすれば冷めすぎにも見える室屋のスタンスは、しかし、今に始まったことではないのだ。
「実際、僕らチームはずっと戦っていて、日本戦が終わってもまだ6戦も残っているし、その先には来年もある。地元開催に加えてV3投入初戦でもあり、そう捉えると大きなヤマですけど、だからと言ってすべてではないので。周りのみなさんは、たぶん千葉戦が終わったらもうすべて終わったかのようにリラックスすると思うんですけど(笑)、僕はもう次の週にはクロアチアへ行っていますからね」

©Naim Chidiac/Red Bull Content Pool
©Naim Chidiac/Red Bull Content Pool

決して力まぬよう、無理に自分に言い聞かせているわけではない。「それが事実だから」と、室屋はこともなげに言う。「いくら気合を入れて頑張ったところで速くはならないですから」。
だが、それは投げやりになっているとか、諦めているというのとは違う。むしろ、着実に強化が進んでいることへの自信の裏返しだと考えるほうが正解だろう。室屋は語る。
「チーム体制としては整ってきて、うまくいけば十分に勝てるところまで来ている。そういう意味ではおもしろくなっている。今までは、どうせ優勝には届かないから作戦なしで目一杯飛んで、(パイロンに)当たったらおしまい、という感じでしたけど、今は機体のアドバンテージがある分、そのマージンをどうコントロールするかという戦略が組める」
そして室屋はこう続けた。
「ゲームとしては格段におもしろくなりますよ。どれだけ(V2と)違うのか、楽しみですね」
5月16、17日に千葉・幕張海浜公園で行われる、日本初開催のレッドブル・エアレース。室屋は“V3.5”とともに、決戦の地、いや決戦の空へと乗り込んでいく。

©Taro Imahara/Red Bull Content Pool

REDBULL AIRRACE 2015 アビダビ戦リザルト

室屋義秀…現在の累積ポイントはPoint 3で総合6位
http://www.redbullairrace.com/ja_JP/results

RANK PILOT POINT
01 ポール・ボノム 12
02 マット・ホール 9
03 ピート・マクロード 7
04 ハンネス・アルヒ 5
05 ナイジェル・ラム 4
06 室屋義秀 3
07 ピーター・ベゼネイ 2
08 ニコラス・イワノフ 1
09 マティアス・ドルダラー 0
10 マルティン・ソンカ 0
11 フランソワ・ルボット 0
12 マイケル・グーリアン 0
13 フアン・ベラルデ 0
14 カービー・チャンブリス 0

 

Profile

Yoshihide Muroya

室屋義秀

1973年1月27日生まれ。エアショー、レッドブル・エアレースパイロット。国内ではエアロバティックス(アクロバット/曲技飛行)のエアショーパイロットとして全国を飛び回る中、全日本曲技飛行競技会の開催をサポートするなど、世界中から得たノウハウを生かして安全推進活動にも精力的に取り組み、スカイスポーツ振興のために地上と大空を結ぶ架け橋となるべく活動を続けている。
2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。2010年も善戦するも、レッドブル・エアレースは2011年から休止に。2011年、エアロバティックス世界選手権WACに出場。2012年アドバンストクラス世界選手権WAACに日本チームとして出場、2013年再びWACに出場し、自由演技の「4ミニッツ」競技で世界の強豪と争い6位に。2014年復活したレッドブル・エアレースに12人のパイロットの1人として参戦継続。第2戦で自身初の表彰台3位へ。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤作りにも取り組む。東日本震災復興においてはふくしま会議への協力など尽力する。2009年、ファウストA.G.アワード挑戦者賞を受賞。写真©Yoshinori Eto / Breitling Japan

 

Data

室屋義秀 公式ページ
http://www.yoshi-muroya.jp

Team Yoshi MUROYA公式ページ
http://yoshi-muroya.jp/race/

レッドブル・エアレース公式ページ
http://www.redbullairrace.com/ja_JP

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大空の覇者へ!

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