HOME > MASTER > 大空の覇者へ! > vol12ちぎれ飛んだキャノピー レッドブル・エアレース第4戦ウィンザー編

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新装置投入プランの変更

カナダ・ウィンザーでのレッドブルエアレース第4戦まで3週間を切ったころ、室屋義秀はアメリカ・ジャクソンにいた。
本来であれば、今ごろは、シーズン前から温めていた新カウリングシステムを次戦から投入すべく、最終準備を進めているはずだった。ところが、リオでの第3戦、突如エンジンが不調に見舞われ、準備予定には大幅な狂いが生じていた。

「新カウリングより何より、まずエンジンをいい状態にしなければ、とても戦えない。エンジン調整に多くの時間を割くことになるだろう」

室屋はそう覚悟を決めて、ジャクソンへやってきた。案の定、「エンジンを一度バラバラにして組み直した」という表現があながち大袈裟ではないほど、根本的に手を入れざるをえなかった。エンジン調整は、ほぼ1週間を要した。
必然的に、新カウリングシステムの準備に使える時間は、残された10日間ほどしかなくなった。この時点で、ウィンザーでの新装置投入は絶望的だ。
実際、残された時間はあっという間に過ぎた。どうにか新カウリングを装着し、エンジンを回してみるところまではたどり着いたが、あえなく時間切れ。もちろんテストフライトをして、一発OKにでもなれば話は別だが、現実的にそんなことはありえない。温度が上がりすぎたり、カーボン成型をやり直したりと、もう一段階の作業が必要となるからだ。

「ニューヨークでの第5戦の後、ヨーロッパラウンドまでは時間があるんで、その間にテストフライトをして、ドイツでの第6戦から投入して残された3戦を戦う」

室屋はそんなプランを思い描きながら、再び、機体を現状のレース仕様に戻して、ジャクソンでの作業を終えた。
とはいえ、エンジンの調整には十分時間をかけたことで、「エンジンはいい感じで、調子がよくなっている」。決して、失意のまま、ジャクソンを離れたわけではなかった。

スタートから加速。そして…

前代未聞!? キャノピーが吹き飛んだ無残な室屋機を動画で。

ジャクソンを出発した室屋はデトロイトを経由して、カナダへの渡航手続きを済ませ、ウィンザーに入った。
ウィンザー到着は日曜日。その日のうちに、機体に搭載するカメラの装着などを終えると、月曜日からはテストフライトが始まった。
1回のテストフライトは15分。それを1日2回行う。十分に調整を施したエンジンの調子は上々。そんな手応えを感じこそすれ、室屋はその後に起こる事故の前兆など、まったく感じてはいなかった。

翌火曜日も、テストデーに当てられていた。
1回目を順調に終えた室屋のテストフライトは、すでに2回目も10分ほどが経過していた。もちろん、ここまで何の異変もない。
残された時間は5分。室屋は、最後にもう一度「スタートを意識してシミュレーションしてみよう」と、高度を100mまで下げた。

そして、エッジ540は加速。スタートスピードに合わせた370kmに達した、その瞬間である。突然、事故は起きた。

室屋も一瞬、何が起きたのか分からなかった。だが、ヘルメットのバイザーを下しているにもかかわらず、顔がゆがむほどに強烈な風が吹き付けてきたことで直感した。

「キャノピーがない!」

時間にすれば、コンマ何秒の出来事である。もちろんキャノピーがなくなった瞬間など、室屋に見えたはずがない。だが、直感は正しかった。エッジ540が最高速に達する刹那、キャノピーは後方へちぎれ飛んだのである。

キャノピーがちぎれ飛ぶなど、にわかには信じがたい。だが、事実、室屋の目の前でそれが起こったのだ。

「ロック忘れによってキャノピーが開くというのは、実はよくあることなんです」と室屋は言う。

「でも、その場合はエンジンを回したり、飛行機が動きだしたりすると、離陸途中でバターンと開いてしまうものなんです。でも、離陸途中どころか、すでに10分もグルグルと上空を飛んでたわけですからね。飛んでる最中にキャノピーが開くなんて……、今まで一度も聞いたことがない」

パイロットはバードストライク(鳥がぶつかること)などによって、キャノピーが破損してなくなるという事態を一応想定はしている。だから、「飛ぶこと自体にパニックはなかった」。条件反射的に180kmくらいまで減速すると、周囲を目視できるようになり、そのままスピードを落として無事着陸した。
ロックが開いたか、キャノピーを胴体に固定しているピンが抜けたか――。原因はどちらかだろうと推測できたが、結局、ちぎれ飛んだキャノピーを発見できず、原因は闇の中である。
尾翼にも、キャノピーがぶつかったと思わる損傷があった。室屋は着陸してみて、右側の水平尾翼にぼっこりと穴が開いているのに気がついた。構造部には届いておらず、即座に操縦不能にはならずに済んだことは、不幸中の幸いではあった。
それでも、愛機は壊滅的な打撃を受けている。室屋は手放しに喜んではいられなかった。

無念のレースキャンセル

エアレース主催者側は、「金曜日のトレーニングセッションを飛べなければ、今回のレースには出場できない」という判断を下した。機体の修理に与えられた猶予は2日間しかない。



尾翼は修理可能かもしれない。だが、キャノピーは特注品のため、交換したくても代えがない。ならば、昨年使っていたものをニュージーランドから空輸するか……。だが、通関に少しでも時間がかかれば、間に合わない。

もはや八方ふさがり、か。そんなときである。
「ヨシ」。声をかけてきたのは、ハンネス・アルヒだった。 「僕が昨年まで使っていた機体が、今、オクラホマの(エッジの)工場にある。もしヨシが必要ならば、レンタルできるはずだ」

ただし、アルヒによれば、エンジンが降ろされていて、翼も外されている。その他のパーツについても、あれは外されているし、これはどうだったか分からない、という具合だった。
室屋は悩んだ。
キャノピーを空輸した場合、通関に時間がかかれば、この第4戦はもちろん、ニューヨークでの第5戦にすら間に合わなくなる危険がある。だが、アルヒの機体を借りれば、ウィンザーには間に合わなくとも、ニューヨークはほぼ問題ない。「2戦連続で棒に振るわけにはいかないよな」。結論は出た。

「機体のレンタル料のこととか、いろいろ計算しはじめると、何がベストか分からない。正直言って、レースをキャンセルしたほうが楽は楽なんです。でも、それじゃあ僕たちパイロットは、何をしてるのか分からなくなってしまう。そこにレースがある限り、何が何でも出たいのがパイロット。案外単純ですからね、僕らは。『可能性があるなら、やるしかねぇだろ』みたいなノリですよ」

傷だらけのエッジ540を修理と改造のため、第6戦の開催地であるドイツへ送る手配を済ませると、室屋は翌朝の便で、急きょオクラホマへ飛んだ。

そこからは時間との戦いだった。満足な食事も摂らず、チーム室屋の作業は夜遅くまで続き、翌朝も5時から作業を開始した。と同時に、室屋自身はカナダへの渡航の手配を行っていた。金曜日のトレーニングセッションで飛ぶためには、木曜日、すなわちこの日の15時には離陸しなければ間に合わないからだ。
だが、室屋も覚悟はしていたとはいえ、現実はそれほど甘くはなかった。15時どころか、20時まで作業を続けてもなお、テストフライトにこぎつけるのが精一杯。最終的な調整を経て、ようやく室屋がオクラホマを飛び立ったのは、翌金曜日のことだった。
規定によりレース出場が認められなかった室屋は、土曜日の予選、そして日曜日の決勝と、盛り上がるレースを横目に、機体組み立て用の大きな格納庫を使って細かな調整を行った。主を失った室屋のレース用ハンガーは2日間、ひっそりと静まり返ったままだった。

「パイロットとしては、外からレースを見なければならないというのは、単純に寂しいですよね」

だが、2戦続けて棒に振ることはできない――。室屋はその思いだけで、この数日間、頭と体をフル回転させてきた。だからこそ、第4戦をキャンセルした無念の一方で、安堵の思いも強かった。

「ばっちり調整して、この借りはニューヨーク戦で絶対に返しますよ」

ようやく、すべての作業が終わったのは月曜日のこと。ウィンザーは前日までのレースの熱気が嘘のように、すでに祭りの後の静けさを取り戻していた。

 

  • 果たして室屋のマシンは間に合うのか!?
    ――Vol.13「レッドブル・エアレース第5戦ニューヨーク編」へ続く!!

 

レッドブル・エアレース 2010年 年間スケジュール

 

Profile

Yoshihide Muroya

屋義秀

1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで150か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。参戦パイロット15人中、年間成績は13位、自己最高位は最終戦バルセロナでの6位。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザー。

◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ

Data

レッドブル・エアレース

http://www.redbullairrace.com

Team Deepblues

http://teamdeepblues.jp/

 

Cooperation:Red Bull Japan
Photos & Movie:"Red Bull". All other rights reserved.
Text:Masaki ASADA
2010/10/07

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