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INTERVIEW with FAUST Yoshiki Tuji
原生の自然に挑む、最高の贅沢──前編

 エクステラの競技終了から、およそ30分が経過した。時刻は18時をまわり、 丸沼周辺は暗闇に包まれている。
しかし、エクステラ・ジャパン・チャンピオンシップ丸沼大会の第一日は、さらなるクライマックスを迎える。表彰式を兼ねたパーティーが、メイン会場で行なわれるのだ。競技に出場したアスリートとその家族、それに友人同士がゆっくりと歓談できるのも、丸沼大会の魅力のひとつである。
シャワーで汗を流した辻芳樹は、トレーニングウェアに着替えて会場へ姿を見せた。女性ボーカリストの歌声をBGMに、辻は知られざる激闘を語った。

『本気の遊び』

Mephisto(以下M) まずはフィニッシュした感想からお聞かせください。

Faust(以下F) 去年の屈辱を一年がかりで果たせました。このために、一年間、一生懸命、トレーニングをしてきたわけですからね。

M  手応えはどの程度あったのでしょうか? あるいは、何か不安要素を抱えたままスタートラインに立ったのか。

F 去年のリタイア後から、マラソンを一回、トライアスロンのオリンピック・ディスタンスを3回やっているので、とくに不安はなかったです。むしろ、スタートラインに立つのが楽しみでした。

M  トライアスロンもそうですが、エクステラもスタート前はすごくリラックスした雰囲気ですね。プール開き当日の子どもたちのようで……。

F ハハハハ、あれはですね。緊張すると心拍数が上がるから、そうならないようにしているんでしょう。僕自身、そういう状態はいけないというのは分かっています。ウサイン・ボルトと同じで、『楽しむ』っていう状態にしておかないと、精神的に負担になるじゃないですか。もちろん、水温に対して体温を合わせたりとか、そういう調整はしますけれど、僕にとっては競技ではなく『本気の遊び』です、あくまでも。

 

自分と向き合うこと + 楽しい = エクステラ

M それでは、競技ごとに振り返っていきましょうか。スイムは全体で48番目でした。悪くないスタートでしたね。

F あそこは“魔の丸沼”とか呼ばれているんです。今日も、アイアンマンに出るような凄い実力の方が、息が上がってロープにつかまっていました。そんな方でも、「ここは息が詰まる」と仰るんです。そういうことを聞いていると、やっぱり怖くなる。でも、昨日軽く泳いだ感じでは、水がいい意味で重い、受け止めてくれる重さがあるので、すごく泳ぎやすかった。それに、塩水じゃないので楽ですね。あれだけ分厚いウェットスーツを着ていれば、身体は浮きますし。今日は本当に気持ち良く泳げました。人数が少ないから、ドラフティングもクラッシュも、バトルもないですから。

M 水も綺麗だったそうで。

F 去年は台風の影響で、直前までずいぶん雨が降っていたらしく、かなり濁っていたんですよ。でも、今日はきれいでした。海で泳いでいるみたいで、しかも波がない。スイムが一番楽なんですよね。

M バイクはいかがでしたか?

F 思ったよりもきつかったですね。体力よりもテクニックが必要でした。操縦もそうですし、モメンタム(※)に乗る技術というのがね。坂の直前から漕ぐよりも、坂の振動を使って漕ぎはじめて、ふっと振動に乗っかって、降りた力でまた漕ぐと、まあまあ、なかなかの技術がいりますよね。

M こればかりは、同じようなコンディションのもとで練習をしないと。

F そうですね、体力よりも絶対に練習でしょう。東京からだと奥多摩あたりが便利ですが、自転車は入れないんです。結局、練習は一度もしてないんですよ。それでいきなり丸沼のコースですから(笑)。

M トラブルといえばチェーンが外れたぐらいでしょうか。

F あれはちょっと、焦りましたね。冷静に冷静に、落ち着いて落ち着いて、と自分に言い聞かせていたんですが。チェーンがからまってしまって、あげくに外れてしまって、車輪の円盤のなかに入ってしまったんです。けっこう焦りましたよ。

M 後続の選手に追い抜かれると、それだけで焦るでしょう。

F スイムで差をつけた20人くらいの選手が、すべて通り抜けていきました。まあホントに、虚しいのなんのって(苦笑)。

M バイクは路面の大変さもあり、距離的に長かったですからね。

F 車が入れるジープロードというのがあるんですよ。砂利の道なんですけど、いつまで続くのかというぐらい長くて。山の上まで続きましたから、たぶん、40分ぐらいひたすらに坂を登っていました。景色的にもだんだんつまらなくなっていくので、腹が立ってくるんですよ(笑)。身体にもこたえました。

M そして、最後のランは?

F バイクに比べれば、ランはそれほどでもないというのが僕の感覚でした。ただ、トライアスロンでもそうなんですが、バイクからランへのトランジッションのときに、ものすごい筋肉痛になるんです。誰だってそうなんでしょうけれど、とにかく足が痛い。しかも、トランジッションを終えた瞬間に湖畔沿いの砂利道をずっと走るコースで、ようやく終わったと思ったらいきなりロープを伝って上がる。そこがキツかったですね。死ぬかと思いました。

M 順位は把握できていたのでしょうか?

F いえ、まったく分からなかったです。誰かと対戦しはじめたり、前後の人と追いかけたりすると、ペースが乱れますから気にしないというか。順位は関係ないというのがアマチュアのトライアスロンの醍醐味、競技じゃないですからね。

M 自分と向き合うことに意味がある?

F とくにエクステラは、そこに楽しむという要素が入ってきます。フフフ。

 

モメンタム……勢いと方向性という意味。株価の動きに使う言葉でもある。

 

エクステラの贅沢と美食の贅沢は同じ

M 第三者的視点で言うと、「楽しい」というよりも「キツい」という印象しかないのですが……。

F 実際、キツいですよ。キツいですけど、あの苦しさのなかにフッと……。
自転車は痛いだけなので、あまり考え事はしないんですが、ランになると傾斜がきつかったり、あまりに悪路だったりで少し歩いたりするじゃないですか。そういうときにフッとね、贅沢な瞬間がある。今日一番印象深かったのは、すごく空気がいいじゃないですか。山のなかに入ると苔がある。苔があるというのは、山が、土地が一番いい状態で管理されている証拠なんですね。雨がたくさん降って、木がたくさん生えるいちばんの証拠。その苔を踏みしめて歩いていく。自然を感じながら走る、歩くということが、究極とは言わないけれど実はすごく贅沢だなあと。

M それはまさに、エクステラのスピリットですね。

F 僕はプロの料理人を育てる学校を50年間やってるんですけど、卒業生たちが巣立っていくプロの料理の世界というのは、どちらかと言うと美食の世界になります。美食は贅沢を売る商売なんですよね。究極の食材を使って贅沢にモノをふるまうというのが、イコール贅沢と考えられがちなんですが、苔をみて自然を感じることが最高の贅沢と思えるのと同じように、料理の世界は贅沢を売る商売なんですけど、ただ単に高級な食材を使う料理だけじゃなくて、そこに料理人の技術があったり、技術に対するこだわりがあったりというのが、実は贅沢だと思うんです。安い素材でも、これだけのこだわりがあって、こういうプロセスで一番美味しいものを作るという。

M 素材ではなく、料理へのこだわりこそが最高の贅沢というわけですね。

F それは実を言うと、非常に面倒なことなんです。でも我々は、そういうことを常に教え続けたり、学び続けたり、求め続ける。一概に高級だけが贅沢とは限らない。そういうことを走っていて感じるんです。苔が生えているような最高の状態のなかで走らせてもらっているというのが、僕らの考えるこだわりと同じような気がするんです。

――ここで、スタッフがパーティー会場からビールを一杯持ってくる。

F ああ、すいません。どうもありがとう……うん、うまい! このために走っているんですよ(笑)!

 

“こんな程度”では本当の粘り強さは身に付かない

M 辻調理師専門学校のホームページを拝見すると、「チャレンジを続ける教育機関でありたい」という記述があります。

F 新しいことを試みるというのが、僕らの考えるチャレンジです。ちょっと些細なことでも挑戦してみる、新しいことをやってみるという。普段やらないことをやることで、客観的に物事をとらえられるようになります。変に改革というわけではないんです。些細なことでもチャレンジするということ。でも、エクステラはけっこうミーハー心で始めたんですよ。チャレンジではないですよ(笑)

M エクステラの過酷さを間近で観ていたら、とてもじゃないですが「ミーハー」なんて思えません(笑)。ところで、エクステラやトライアスロンといった競技をやることで、仕事にフィードバックできることはありますか?

F どうでしょう……ゴールしたら何かが見えるとか言われますけれど、僕自身は何も見えない(笑)。ただ、仕事にフィードバックという観点で考えれば、冷静さを保つ、自分をコントロールするということでしょうね。そういうスポーツですから。これをやっている一番の意味は、精神を落ち着かせる。それが一番です。イライラしない。競技中はもう、イライラすることがたくさんありますからね。

M ない、と言いつつも、やはりたくさんあるみたいですね(笑)。粘り強さも身につきませんか?

F いえいえ、“こんな程度”では本当の粘り強さは身につきませんよ。やはり、ホントの粘り強さは、ハセツネであり、アイアンマンではないでしょうか! エクステラはゲームですから。マインドゲームですから。

M 達成感はある?

F ああ、そこはありますね。競技中は「もう二度とやりたくない」と思うんですが、数カ月経つと「またやろうかなあ」と思っている自分がいる。トライアスロンのオリンピック・ディスタンスを4、5回やっていると、自分のなかでマンネリ化してきますし。

M マンネリ化から自分を遠ざけるためにも、エクステラに取り組んでいる?

F ロードのトライアスロンと一番違うのは、自然と触れ合っているということ。地面との対話、自然との対話です。バイクでも一番大変なのは、体力ではなくテクニック。そして、テクニックは自然と対話しないと生かされない。路面が濡れているからこうしようとか、ドライだからこうやって対応しようとか。ロードはもっとフィジカル的な要素が強い、と僕は思います。

M 景色は?

F それはご褒美ですよ。僕だけでなく皆さん、そのためにやっているような気がしますね。走っているときは、ほとんど登山ですよ。

M 振り返ってみれば、自然と触れ合って楽しんでいる。

F それが、エクステラの醍醐味だと思うんです。

M そもそも、トライアスロンへ踏み出したきっかけは何だったのでしょう?

F 一番身近な理由は、僕の義理の弟が急にトライアスロンを始めたんです。しかも、1年でアイアンマンに出てしまった。そういうのを近くで見ていて、自分もやってみようかなあと。
それから、ウエイトトレーニングのマンネリ化ですね。年に5回ぐらいギックリ腰になるような腰痛持ちで、何とかそれを治すためにウエイトをやってきた。でも、ウエイトでは腰痛は治らないというのが分かって……。そんなときにたまたま、白戸太朗さん(※)にお会いして、「人間のウィークポイントは腰です。筋力低下に疲れがちょっと溜まった時に変な方向に力がかかり、それでギックリ腰になるんですよ。滑りの傾向がある人は特に起きやすいからね」と。その段階になる前に直しておかなきゃいけないというのが彼の考えで、腹筋、背筋を鍛えて、筋肉をつけてから滑らないようにしましょうと。

M 身体を動かすことは、以前から好きだったわけですか?

F 好きでしたね。12歳から27歳までスコットランドのエジンバラに住んでいて、12歳から22歳までラグビーをやっていました。そこからはウエイトトレーニング、スカッシュ、スキーなど。マラソンは3年前に初めてフルマラソンに出場しました。これは妻の影響です。何か求めているというより、周りの人がやっているので自分もやってみて、その醍醐味と喜びを見つけて続けているという感じです。つねに新しいチャレンジがないと……新しい挑戦として、ハセツネ(※)があるんです。

M 今日のエクステラは、ハセツネへの第一歩だったわけですよね。

F ハセツネは、スポーツ的には僕の人生で一番ハードルが高いチャレンジです。それで、明日のトレイルランに出場するんです。いまの時点で、明日30キロできなかったらハセツネの完走は無理だろうと。太朗さんからは、歩いても完走しましょうと言われています。

 

白戸太朗……Faustでもお馴染みのスポーツナビゲーター。今大会の大会会長/プロデューサーを務めた。当クラブのスーパーバイザー。

 

ハセツネ……『ハセツネCUP(日本山岳耐久レース・長谷川恒男CUP)』の通称。奥多摩山域の71・5キロのコースを24時間かけて走り抜ける日本最高峰のトレイルランニングレース。今年は10月11・12日に開催される。暴風雨以外は雨天決行というサバイバルレースでもある。

 

 

 

  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!——エクステラ」STORY[前編]はコチラ
  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!——エクステラ」STORY[後編]はコチラ
  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!――エクステラ」をクリアした辻の体験インタビュー[後編]はコチラ~

 

 

Faust Profile

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辻 芳樹 (つじ よしき)
辻調理師専門学校校長。1964年、大阪府生まれ。  
13歳で渡英。アメリカに留学後、1993年に辻調理師専門学校校長、辻調グループ校校長に就任。変化の著しいヨーロッパ各国やアメリカの食の最前線を調査研究し、その成果をプロの料理人教育に生かす一方で、日本料理アカデミー西日本代表理事なども務め、日本の食文化の海外への発信にも積極的に取組んでいる。

共著「美食進化論」(晶文社)、編著「料理の仕事がしたい」(岩波ジュニア新書)
著書「美食のテクノロジー」(文藝春秋)

辻調グループ校は、辻調理師専門学校、辻製菓専門学校をはじめ、エコール辻大阪、エコール辻東京、フランス・リヨン近郊のフランス校など計14校からなり、日本料理、フランス料理、 イタリア料理、中国料理、製菓、サーヴィス、ホテル産業など幅広い分野に12万人を超える 卒業生を送り出している。
http://www.tsujicho.com/

  • ◎「自分も群馬丸沼でエクステラに挑みたい!」 という挑戦者へ画像

Who is Mephisto ---メフィストとは

人生のすべてを知ろうとした、賢老人にして愚かな永遠の青年「ファウスト」(作:ゲーテ)。この物語でメフィストとはファウストを誘惑し、すべての望みを叶えようとする悪魔。当クラブ「Faust Adventurers' Guild」においては、Faustの夢と冒険の物語をサポートする案内人であり、彼らの変化や心の動きに寄り添う人物。時に頼れる執事、時に気の置けない友人のような存在は、『バットマン』におけるアルフレッド(マイケル・ケイン)、『ルパン三世』における不二子&次元&五右衛門トリオのようなものか? 今後、Mephistoは各クエストの終わりにFaustの皆さまの心を探りに参ります。どうぞよろしく。

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