大空を見上げようin ふくしま
ブライトリング・ジェットチーム来日のドラマ(後編)
大空を見上げようin ふくしま
ブライトリング・ジェットチーム来日のドラマ(後編)
無念の5月小名浜から3ヶ月。
プロジェクト再開へ向けて動き出した
ブライトリング・ジェットチームはいよいよ福島への再来を果たした。
今度こそ−−−−7機のジェット機は、
前回より更に深みを増した思いと期待を乗せ大空を舞う。
希望と夢を届けるファウストな男たちの奇跡のプロジェクト、完遂の日。
「我々はどうやって戻ってくるかを考え始めています」。ボツランはその無念を希望の言葉に変え、福島を後にした。『大空を見上げようプロジェクト』のサイトにはその日から続々とメッセージが寄せられた。「それでも、ありがとう」「福島に来てくれただけで嬉しかった」そんな書き込みが続く。福島空港で行われた歓迎セレモニーでパイロットたちと交流した地元小学生たちは、その思い出を絵にして感動と感謝を伝えた。「ありがとう」「すごかったです」「絶対また来て下さい」。思い思いの言葉で綴られた小学生のメッセージと絵、ひとりひとりの登場する映像がディジョンのチームの元に届けられ、その返答となる映像が日本に届けられたのは、7月が明けてすぐのことだった。一枚一枚を丁寧に見ながら談笑するメンバーの表情には、決意と笑顔と涙が浮かぶ。子どもたちのメッセージが決定打となり「もう一度、福島へ行こう」というボツランの言葉が発せられた。『大空を見上げようin福島AGAIN』のスタートだった。
フランス、ディジョンのBJTから届いたメッセージ映像
★【YouTube:FaustA.G.チャンネル】でもご覧いただけます(スマートフォンの方 はこちらがオススメ)
8月7日、福島。晴天。ふくしまスカイパークには、今度こそ「世紀の瞬間」を見届けようと期待に胸を膨らませる人々が早朝から詰めかけていた。とはいえ前回直前の天候悪化でのキャンセルを経験しているだけに、一抹の不安はある。実際、今回も前日に予定されていたブライトリング・ジェットチーム(以下BJT)の福島空港入りは、またしても天候のため翌日に見送られたのだ。夢を届けようと途方もない準備を重ねても、自然には逆らいようもない。再び日本に入ったメンバーを乗せたジェット機は予定を変更しこの日の朝、駐機していた神戸空港を飛び立った。
巡航速度500kmで移動するジェット機は、1時間後には白河上空を経由し、ほどなく福島空港に到着した。タイトなスケジュールのため給油とブリーフィング後、彼らはただちに飛び立ち、5月の来日で飛ぶことができなかった南相馬、相馬市などの被災地浜通りをフライバイ。街のいたる所で、壮快なジェット音と編隊が見上げられた。2度に渡る来日で、見上げる福島の人々とBJTの間には既に絆が結ばれているように感じられる。撮影されたBJTの写真が特設サイトに続々と投稿されていく。一方、スカイパークの山向こうには大きな積乱雲があり、雲は真夏の陰影を描いているが日差しは眩しい。「今日はきっと大丈夫」会場の雰囲気もそんな希望に溢れている。BJTはフライバイを終え、そのままふくしまスカイパーク上空へと向かっていた。
会場ステージでは、BJTのアジアツアー中、フィリピン・アンヘレスでBJTの機体に搭乗した航空評論家の中村浩美と、同じくフィリピンで搭乗したF1レーサー山本左近によるトークショウが行われていた。ブライトリングカラーのエクストラ300Lもハンガー前に駐機されている。出店では、様々な食べ物の屋台ほか福島の特産物の桃などが売られ、お祭りの様相だ。ジェットチーム到来の前には室屋義秀のフルアクロ。搭乗、離陸から着陸まですべてが眼前で行われる迫力あるホームでの演技に、会場は大満足。ディスプレイ後には室屋の元にできたファンの列がいつまでも途切れることがなかった。
ステージのトークでは、中村がジェットチームについて話している。
「天候によるショウのキャンセルはよくあることで、ヨーロッパでは彼らも観客も『また来年くるよ〜』という感じで割とあっさりと終わるんですよね。でも、福島だけは特別でした。『フライトが天候でキャンセルになって、すぐに再開に向けて動いたのは初めてです』と。とにかく、全員がもう一度、という想いを持っていた。そんなときに決定打になったのは、福島の子どもたちからの手紙でした。彼らは本当に感動したんです。ですから今回のアゲインは、皆が絵を描いてくれたおかげなんです」
「ブライトリング・ジェットチームが、今、フライバイを終え、こちらに向かっています!」アナウンスが場内に響く。朝から流れているBJTのイメージ映像で流れる雄壮なオーケストラのテーマ曲がひときわ大きくなる。その時、遥か遠くの山際に、黒い点が渡り鳥の群れのように小さく浮かび上がった。正面の山向こうに迫り上がった大きな積乱雲と雨雲は奇跡的に進路を変え、BJTに道を譲っていた。観客とチームの願いが、雲すら追いやってしまったかのようだ。
それは「壮麗な」と言うしかないディスプレイだった。映像でも写真でも、そのスケール感は映しきることができないだろう。大空の360度を使い、ジェット機が縦横無尽に、一糸乱れぬ優雅な動きで駆け抜ける。離れては近づき、様々な形に変化する。アヴェンジャー型からロケット型(rocket)、鳥型(black bird)になり、矢印(arrow head)のようになり、十字(cross bow)になったかと思えば丸く(black diamond)なり、ゆったりと宙返り、ローリングをしながら隊列を組み替える。
※()内は陣形の名前
大海原を思わせる壮麗なフォーメーション。オーシャンマスターウェーブからバレルロールヘ。photo:Shigeo Sasagawa
波のように進むグレーの流線型が頭上まで来ると、その姿は大海原で自由自在に戯れながら泳ぐイルカの群れのようだ。重なり合うジェットエンジン音は脳を刺激し、鳥肌の立つような興奮が沸き上がる。人間の二つの目では追いきれないほど左右に遠く離れた機体が、今度は全速力でのクロス。相対速度は最高時速1500km、互いの距離が3mとも5mとも言われる2機の交差。そして花火のように7機が弧を描き、山の向こうからスモークオンで大空に舞い散る。ファイナルブレイクと呼ばれる華やかなフィナーレだ。
山の向こうに一旦消えた編隊は、最後に残されたフォーメーションのために再び登場した。傘型に並んだ2番目の機体が編隊を離れ、一機だけ垂直に、高く、高く、太陽の光に吸い込まれるように小さな点になっていく。失われた機体のポジションの空白はそのままに、編隊は空の端へと進む。小名浜で行われるはずだった「ミッシングマン・フォーメーション」だ。魂が昇天するという意を込めた追悼飛行。アナウンスでその意味が解説されると、空を見上げていた多くの観客は、目に涙を浮かべ、じっと彼らの行方を見守り、黙祷した。
その後福島空港に戻ったパイロットたちは、空港からスカイパークにボナンザとセスナで登場。観客に迎えられながらゆっくりと会場に近づいて来る。ステージではその後メッセージを送った地元小学生たちとの交流会と、ボツランのスピーチが開催された。
「日本、そして福島を、このツアーの最終地として目指して来ました。ここまでには長い旅がありました。自然はまたも厳しい顔を見せたのです」。
しかしボツランの顔は前回の無念の日とは全く違う晴れやかさに輝いている。
「福島は私たちにとって、永遠に特別な存在となりました。今日も空から見て『素晴らしい土地だ』と改めて感じました。皆さんが来てくれてとても嬉しい」。
会場はシンと静まり、少しの間隔のあと、暖かい拍手に包まれる。心の深い部分に至るほど、表面化するまでに時間がかかる。その誠実な反応を、ボツランは受け止めていた。
「皆さんの反応に、とても静かな深い痛みを感じました。そして私たちチームも皆、静かに、2年前に起こったこと、印象的だった福島の皆さんへの想いを抱いて飛んでいました。
ディジョンの時計のひとつは今も福島の時間に合わせています。子どもたちとも交流して私たちは福島への思いを更に強くしました。Great future, great kids———彼らの瞳はワクワクと輝きに満ち、未来を見ている。忘れてはいないというメッセージ、そして何年後にもここには未来があるのだということを、世界の人に見てもらいたい」。
スピーチ後に行われたメディア取材でボツランはこうも語った。
「私は子どもの頃からパイロットを目指し、幸運にもそれを叶えることが出来ました。長い間飛んでいますが、未だに新しい人と出会い、新たな感動を得ることにモチベーションを感じています。
『人生とは人との関わり』だと思うのです。今回の福島でもそうでした。人生にはいつも何か“新しく”“重要な”“世界の人々とシェアすべき温かな気持ち”がある。その想いが私の夢を今に繋げている。それは徐々に世の中の役に立つようなことへと広がって行きましたが…その意味を探って行くと、新しいもの、心が震えることを追い求めて行くことこそが、今(未来)に繋がっていたのだと感じます」。
決して諦めず夢を追い続けた結果、人に感動と夢を与える存在になる。今日、彼らのフライトを見上げた子どもたちには、きっとその言葉の意味が伝わることだろう。
プログラムを終えチームは再び福島空港へ。彼らを見送った後、室屋にも少し、話を聞くことができた。
「前回の来日だけでも、彼らの気持ちは十分に皆の心に届いていました。誰もがわざわざ日本に来てくれてありがとうと言い、それだけで十分だと言ってくれた。でもどこかに『やっぱり駄目か』という気持ちが残るでしょう。皆の為にもう一度なんとか飛ばせてあげたかった。パイロットたちは「これで終わるはずがない!」と口々に言い、そして長い時間やりとりをしたなかで、彼らは本当にアツイ男たちだと感じることが幾度もありました。最後まで頑張ってくれた関係者やスタッフ、ボランティアの皆さんにも本当に感謝しています」
BJTは翌8日、前回断念した福島いわき市街地、津波被害のあった沿岸部にて追悼のフライバイ。その再びフルディスプレイをふくしまスカイパークで行った。最後は「ミッシングマン・フォーメーション」で締めくくられ、彼らはその日のうちに中継地の神戸へ向かい、中国、ロシアと続くツアーへと旅立った。「今日からはそれぞれの挑戦、それぞれの大空へ」という力強いメッセージを残して。
「子どもたちに夢を」アジア各地で熱狂と共に迎えられるブライトリング・ジェットチーム
広島、神戸、横浜、富士、福島上空へ!
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9月中旬にBJTはディジョンに帰還。遥か18,689 海里(=約3万4千612km)、11 ヶ月に渡る世界ツアーの旅を終えた。
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©ERNOULT-Breitling SA
約100年前からパイロットのための計器をつくり続けているブライトリングにより、2003年に結成。民間では世界最大となるジェット・エアロバティックスチーム(ジェット機を使ったアクロバット飛行を行うチーム)である。
結成以来、のべ26カ国400回以上におよぶパフォーマンスを世界中で披露し、各地で多くの感動を提供してきた。毎年、いくつものVIP招待イベントやスポーツイベント、航空ショーで華麗なアクロバット飛行を披露している。
使用する飛行機は、チェコ製のジェット練習機L-39-Cアルバトロス。水平飛行時の最大速度は時速750km、急降下時には時速910kmにまで達し、パイロットが受ける最大Gフォースは+8Gにおよぶ。チームは通常使用の7機に加え、予備機を2機を所有している。
操縦するパイロットは、これまでの飛行時間が11,500時間に達するチームリーダーのジャック・ボツランをはじめ、パトルイユ・ド・フランス経験者を含めフランス空軍出身者を中心に構成され、彼らを7人からなる専門の整備チームが支えている。
ブライトリング・ジェットチーム日本ツアー
http://www.breitling.co.jp/bjt_japan2013/
ブライトリング・ジェットチーム被災地復興支援プロジェクト
『みんなで大空を見上げようin ふくしま』
http://ozora.org
Text:Michiru Shida
Photo:
Katsu Tokunaga, Koji Nakano, Yukihisa 'GINO' JINNO(for Breitling )
Shigeo Sasagawa & Yo Iwai (for Faust A.G.)
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