24時間耐久!
走り続けた先にある歓喜
24時間耐久!
走り続けた先にある歓喜
トップゴールの夢が散った瞬間――。
マレーシア、セパンサーキット。深夜2時をまわったというのに、気温計は28度を差したまま動かない。
ピット内は、前日の雨量が少なかったこともあり、乾いて過ごしやすいはずなのだが、重たく澱んでいるような気さえする。メインスタンドを見上げれば、マレーシア国旗も垂れ下がったままだ。自分達のチームの時計だけが止まっているような感覚、メカニックはマシン修理のために忙しく動き回るのだが、ドライバー達はすることがない。もどかしい時間。ストレートを走り抜けるマシンのエキゾーストがなければ、その場所に居ることすら息苦しいだろう。時折、発せられる男達の会話も大声でなければ届かない。日常生活からはかけ離れた濃密な時間がそこにはあった。
「Faust Racing Team」(ファウスト・レーシングチーム、以下Faust.RT)のドライブする178号車のエメラルドグリーンに塗られたカウルが外され、むき出しにされたマシン後方部。取り外されていくパーツが痛々しい。富士スピードウェイでのシェイクダウンから1週間しか経っていない。出来立てのレーシングカーでの24時間耐久レース、その無茶はわかっていたこと。それでも、セパンで組み直したヒューランドのミッションは、今まで順調に仕事をこなしてきたのだが、クラッチにトラブルが発生したようだ。
ドライバー達もカメラクルーもすることがない。ピットレーンを横断してコントロールタワーの順位掲示板を見上げる。今までトップを刻んでいた178というオレンジ色の電球が、ひとつ、またひとつと順位を落としていく。そして掲示板から消えた時に、歓喜の宴も、祝杯の夢も、セパンの夜空へと飛び散った。
K4GP・セパン24時間耐久レース―――
K4GPとは、ワークスやセミワークスの参加するような、いわゆるプロフェッショナルレースとは違い、アマチュアの参加できるサンデーレースのひとつで、年2~3戦開催される。セパンサーキットでの参加台数は海外ということもあって今回は34台だが、富士スピードウェイで開催される耐久レースには毎回100台以上が集まるという人気レースだ。
レースタイプはスプリントではなく、長丁場の耐久戦。参加できる車両は軽自動車のエンジンを積んだ車両、もしくは昭和世代の小排気量クラシックカーが基本となる。クラス分けは全部で5つあり、Faust.RTがエントリーしているトップカテゴリーの「Rクラス」は、改造範囲の最も広いクラスだ。
開催の歴史は9年目と長く、このセパンで24時間耐久が行われるのは2年に1度、通算3回目だ。サーキットのコース全長は1周5.543km、メインストレートは927.5mと長い。コーナー数は右が10、左が5で、ストレートエンドのヘアピンや、複合コーナー、高速で切り返すコーナーなど、ドライバーのチャレンジスピリットを試す箇所の多い、高速型のサーキット。24時間レースともなれば、単純な暑さ対策だけでなく、高い路面温度への対応や、熱帯独特のスコール、夜間走行への配慮などが必要で、マシン、人とも相当なタフさが要求される。
今回、Faust.RTの初期企画案は、「初めてサーキットを走るドライバーでも一緒に楽しめるレース」だった。エントリーするクラスも、軽自動車をベースにチューニングしたクラス、いわゆるハコ車。ところが、話が進むうちにメカニック達がアツく盛り上がってしまい、レース専用マシンでのチャレンジとなった。ミッションが特殊なこともあり乗れ手は限られてしまうが、ドライブする人の楽しさを優先したのだ。
集まったドライバーは7人。Faust.RTで、昨年からS耐に参加している安藤と堀。そのチーム監督で、元トヨタワークスの見崎(ミサキ)。アイドラーズで昨年チャンピオンになった崇島(タカシマ)。ルマンクラシックに出場経験のある加藤と藤田、そしてチームのアドバイザーも兼ねる木村だ。
チーム監督には、Faust.RTの参加するS耐でメンテナンスを務めるBBR代表の志村監督。チームとして全員揃うのはここセパンが初めてだが、どこかで繋がりのある同窓会のようなメンバーとなった。40代が多いことをいいことに、「チーム・アラフォーだよ」と笑って呼んでいた。
マシンは実績のあるビバーチェにスズキの軽自動車に使われているF6Aエンジンを搭載、戦闘力ではまぎれもなく上位を走れるマシン。ライバルは同じ志村監督の下で、同ピットを使用する昨年優勝マシン、177号車となるはずだ。
レース当日。
昼の12時スタートとは言っても、サーキット集合は朝6時半。まだ夜の明けぬ内からサーキットでは、ドラバーズミーティングが行なわれ、コースライセンスの取得、フリー走行など、ドライバー達のするべきことは多い。スタートまでの時間はアッという間に過ぎていった。
朝から曇天だった空も、レース開始10分前には肌を刺すような日差しになり、赤道直下の国に来たぞという実感が沸く。到着時には26度しかなかった気温も一気に31度まで跳ね上がった。
スタートはルマン式のローリングスタート。1周の間、隊列を守りながら走行し、スタートラインを通過後に全開にするという、ルマンそのままの方式だ。
予選がないため、スタート位置はコース入りのために整列した順番のまま。24時間レースということで慌てるチームもいない。ピット位置もよかったのか、2列目スタートという好ポジションからのスタートとなった。
Faust.RTのスターティング・ドライバーは見崎。マシンやコースの状態を後のドライバーに伝える大事な役目だから、元ワークスドライバーのこの人しか適役はいない。
スタート時間が刻々と近づく。メカ達が退去し、コース上に整然と並んだ34台のマシンとペースカー。徐々に勢いを増す日差しのせいで、メインスタンドの影がクッキリとコース上に縞模様を作る。
3分前、競馬のGⅠファンファーレが流れ、スターウォーズのテーマ。
1分前、「エンジンスタート」の声で、唸りを上げたエンジン音が一瞬、場内の曲をかき消す。
カウントダウン「5・4・3・2・1・スタート」
スタート地点、コース中央で振られているフラッグの両側をマシンが続々と抜けていく。明日の昼まで続く長い戦いが始まる。
見つめる関係者をじらすように、戻ってはこないレースカー達。
「今、先頭が戻ってまいりました、ペースカーがピットに入ろうとしています」
場内スピーカーが突然その時を告げる。
ペースカーがピットレーンに入り、先頭のマシンがスタートラインを超える。追い越し禁止が解かれバトル開始だ。ストレートを勢いよく抜けていく Faust.RTのマシン。1コーナーの突っ込み時点では2位。他のコーナーでの様子はピットから見ることは出来ないが、3分後、最終コーナーから先頭で立ち上がってきたのは、まぎれもなくエメラルドグリーンのマシンだった。
「さすが見崎さん、見せるな~」
走りだせば手かげんなしのプロドライバー。見せるツボも心得ている。燃料制限のあるレースだが、まだ、そんなことは言いっこなしだ。チームの士気も一気に盛り上がる。
1位のまま順調に2位とのタイム差を広げていた15週目、空がいきなり暗くなり雲行きが怪しくなってきた。
スコールだ。この季節、クアラルンプールでは夕方に降るという雨、昨日は16時頃だったという。それに比べればあまりに早い。降り出してみればスコールという名前ほどの雨足でないものの、タイムはいきなり20秒近く落ちた。タイヤ交換も考えられたが、ピットインのタイムロスや、すぐに止むことを前提にすれば慌てるほどのものではない。他チームも交換の様子はない。成り行きを見守っているようだ。
雨足もポツポツ程度になり、見崎は予定の周回を終え戻ってきた。コースの様子やマシンのクセを次のドライバーである藤田に伝える見崎。藤田がコースに飛び出していった後にも、メカやドライバー達は話しを聞こうと彼を取り囲む。一通りの話を終えて休息を取るため、エアコンの効いているスタッフルームへと戻る見崎を、最後に待ち受けていたのはお孫さん。
「おじいちゃんスゴイかっこよかった」
無邪気な声に、回りのスタッフも思わず和んだ。
2番手ドライバーは藤田。初めてのサーキットでウエット路面、しかも市販ベースとは違うレース専用マシン。いくらレース経験があるとは言っても、おそらくは相当なものを一度に背負い込んだ。1時間のドライブの間に2回ほどスピンをしたが、マシンを壊すことなく、無事予定周回を終えて戻ってきた。順位こそ少し落としたが、周りのドライバーもスタッフも全く気にとめていない。まだまだ2時間がやっと過ぎたところ、レースはこれからなのだ。
スタートから日没までのレースプランは各人約1時間ずつのドライブ。日没から早朝は若いドライバーを中心にして1~1時間半ずつ受け持つというのが、おおまかなところ。何かあればフレキシブルに対応するというのが耐久レースの鉄則。3番手、最年長の加藤が飛び出して行ったのは14時10分、予定通りの交代だ。
すでに路面も乾き、加藤は2分40秒台後半から50秒台前半で確実に周回を重ねる。1時間経ったところで監督の志村から「そろそろいれようか」の指示が出た。ところが、同じピットを使う177号車が先に入ることが判明。1周ピットインを伸ばした。
このラスト1周が予想できない事態を引き起こした。3分を過ぎてもマシンがピットに帰ってこない。無線を使っているわけではないので状況もわからない。コースアウトなのか? クラッシュか?
サポートスタッフが状況を掴むために携帯を持って走り出す。どうやらコースサイドに止まっているようだ。携帯で連絡を取ると、どうやらガス欠らしい。
ピックアップするマーシャルのトラックがコース上に出るが、ここでも不測の事態が。トラックに、ロールバーに引っ掛ける牽引ロープが積まれていなかったのだ。さらに悪いことに、そのトラックが牽引ロープを取りに戻る途中に、通常フックを使う他のマシンを牽引して帰ってしまったのだ。
時間ばかりが過ぎていった。Faust.RTの178号車が、ガソリン給油地点に戻った時には30分以上の時間が経っていた。ガス欠の原因はリザーブタンクへのコックがONのままになっていたため、ガス欠まで走ってしまったこと。チーム全体のイージーなミスだが、まだまだ序盤戦。何が起こるかわからない耐久レースの醍醐味を自ら味わったと考えるしかない。残りは20時間以上もあるのだから。
給油後、トップから14ラップダウンでコースに飛び出した安藤、続く木村、崇島の怒涛のような追い上げで、日没間近の19時30分には、総合6位まで順位を挽回。その差は僅か5ラップ。トップを走るマシンとはクラスも違うため毎ラップ5秒は詰められる。十分に逆転可能な差だ。また、同じRクラスのマシンとの差は1ラップ。給油はピット外のパドックで行なわれ、最低でも2ラップ分の時間が必要になるため、1ラップ差の現在、どちらの順位が実質的に上かわからない状況だ。
「行ける!」誰もがそう感じていた。4~5周ごとにポジションがひとつずつ上がる。そして22時24分、ドライバーが堀の時に、その瞬間は訪れた。電光掲示板のオレンジの明かりが、178号車がトップであることを示した。10時間ぶりのポジション1だ。
掘がピットに戻ってきた時、そこにいる全員の祝福を受けた。
「やったね、トップ、トップ」
「よっしゃ~」とハイタッチ。
夜中だというのに、疲れも吹き飛ぶ元気さ。ピットでもスタッフルームも笑顔がこぼれる。道のり半ばだが、この一瞬の喜びは格別だ。
2時間を過ぎるとレースの全体像が見えてくる。ライバルは同じピット内、同じ志村監督の177号車。1-2ゴールも夢でなくなってきた。ところが、その頃Faust.RT-178号車の抱えていたのがミッション系のトラブル。177号車もドライブシャフトに問題をかかえながら走っていた。
相次いでピットインする2台の車両、ピットインの時間も長い。そして午前2時過ぎ、Faust.RT-178号車は冒頭で紹介したような不具合が起こり、2時間ものピット作業を強いられた。
修理してコースインするものの、クラッチの使えない状況が続く。回転を合わせてミッションを繋ぐだけのプロフェッショナルな走行。すでに夜が明け、挽回は不可能。これ以上は危険と判断して、完走を目指してチェッカーを受けることに決めた。
24時間耐久のチェッカーが先頭のマシンに振られる。次々とゴールするマシン達。Faust.RT-178号車もチェッカーを受けた。そしてパレードラン。もちろん悔しさも残ったが、みんな笑顔だ。
「楽しかったよ」
参加したドライバー、誰に聞いてもそう応えてくれる。トップフィニッシュも格別だろうが、完走もまた応えられない喜びだ。耐久においてチェッカーを受けられるということは、ひとつのジ・エンド。終わりがなければ次への闘争心も沸いてこない。勝つチャンスはあったかもしれないが、急仕立てのマシンではこれが精一杯。計算すれば、一人約2~3時間、たっぷり走ったことになる。
「気持ちよく走ったよ」
「また、みんなで耐久を走りたい」
これがセパン24時間耐久のFaust.RTのエンディングロールだ。
Text/ Photos:Yuji Takahashi
2009/03/12
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